「乳酸菌の新たな可能性を求めて」vol.29 熊谷武久
(食品加工学、食品科学、食品微生物学)
公開日:2020.○.○
日本人は昔から植物由来の乳酸菌を食生活の中で上手く利用してきました。糠漬けが代表的なものです。現代では、動物由来の乳酸菌 から作られたヨーグルトなども一般的となり、私たちの健康維持にも大いに役立っています。今回は、植物由来の乳酸菌について研究されている食農学類の熊谷武久教授にお話を伺いました。
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■ 研究内容について

Q 先生の研究内容について教えてください。
A 植物由来の乳酸菌の研究をしています。具体的には福島県産の酒粕から乳酸菌を分離して健康機能や食品加工に向いている優良株(いい株)を選抜しようとしています。

Q この研究を始めたいと思ったきっかけはなんですか?
A 動物由来の乳酸菌で作ったヨーグルトが広まったのは、昭和時代からだと言われています。昔、一部の高貴な人々は乳を加工した「醍醐」というものを食べていたそうですが、庶民には手に入らなかったようです。しかし、植物由来の乳酸菌はだいぶ昔から食べていたと言われています。おばあちゃんの知恵袋的なことですが、米糠にお水とお塩をいれると酵母や乳酸菌が湧いてきて、美味しい糠漬けができます。米とか玄米には微生物がいっぱいついているわけです。納豆菌も藁についていますよね。こうして、日本人は穀物など についている微生物を見事に使ってきたわけです。そこで、日本人は植物由来の乳酸菌と食生活の中で親和性が高いのではと考えました。このような歴史から研究に持っていけるかなという発想ですね。それと、乳酸菌というと多くの大手乳業メーカーさんが、乳由 来、腸管由来、便由来の乳酸菌で研究を進めているので、私は植物発酵物とか植物から乳酸菌を見つけ出して健康機能に持っていこうと思いました。

Q 今まで乳酸菌の研究をされてきて難しいなと思うことはなんでしたか?
A ヒト試験に持っていく菌を最終的に選ぶことですかね。試験管レベルの試験だとある程度やり直しがききますが、ヒト試験は何度も出来ませんので、「これだ!」と確実なものを決めるのが一番ドキドキします。もちろん、試験を行った後、結果が出るまでもドキドキしますが。そこが一番難しいというか、関門というか、一番乗り越えなければいけない壁みたいなところでしょうかね。

Q 先生が目指している研究には壁があるのですね。
A そうですね。前職では食品会社にいたので商品作りのお手伝いがしたいですね。食品加工に向いていたり、機能性食品に向いていたりする株(乳酸菌)を提供出来るようになりたいなと思っています。そういう株をこれから共同研究できたらいいと思います。

Q 学生時代からこの研究をやってみたいと思っていたのですか?
A 違います。学生時代は微生物の研究室にいて、糸状菌(カビ)の研究をやっていましたが、就職して微生物の研究はストップしました。それで、30歳くらいにお米の乳酸菌で面白いことができないかなという発想が生まれ、その時の上司に相談し、乳酸菌の研究をやろうということになりました。食経験上、米糠から糠漬けが出来るのだから、「たぶん(乳酸菌が)いるよね。」という感じですかね。微生物の研究はストップしていましたが、素地はあったので、「新たな事に挑戦してみよう、ちょっとジャンプアップしてみよう、夢を見てみようか!」という思いでこの研究を始めました。


Q 新しい事を始めるのって大変じゃないですか?
A そうですね。10年間くらいは試行錯誤でした。みんなで研究して、商品を作って、私が先頭きって売りに行きました。健康食品や普通のコンシューマー向け食品会社の研究者に営業に行き、機能性食品の素材としていくつかの会社さんから私が研究した乳酸菌を採用してくれましたね。

Q 今、乳酸菌はすごく注目されていますよね
A 新たな機能を持つ菌が発見されているからじゃないですか。おなかの調子を整えるだけじゃなくて体脂肪を減らすとか、たくさんの機能を持つ乳酸菌が出てきてますよね。今でも市場が拡大している。研究と市場が結びついているんじゃないかなって思います。

Q 先生も毎日乳酸菌を取られてるんですか?
A ヨーグルトを食べてます。自分の菌はまだ安全性を試験していないので(笑)。ちょっと脱線しますが、「衛生仮説」って知っていますか?世の中がすごくきれいになって衛生面に気を付けるようになって雑多な微生物を取り込まなくなったことで腸管免疫が落ちてアレルギーが増えたという説です。明確な検証はできていないところもありますがね。今、新型コロナウイルス感染症対策で世の中がすごく清潔な意識が高くなってるじゃないですか。花粉症やアレルギーが増えて、ますます乳酸菌の役割が大きくなるのではないかなと思います。
Q 乳酸菌にはアレルギーを抑える効果もあるということですか?
A 選ばれた乳酸菌にはあります。

Q 選ばれた乳酸菌?
A はい。私は前職で何百株の中から2株を選び抜きました。お腹とお肌に効果がある乳酸菌が1株と、アトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギーに効果のある乳酸菌が1株です。菌株によって多種多様な性質があるから乳酸菌の市場は維持できているのだと思います。まだまだ研究の余地が十分ありますね。     













■ 福島での新たな挑戦!

Q なぜ大学の先生になろうと思ったのですか?
A 前職で30年間お米に関係する研究をして一区切り付けたかなって思いました。研究もやったし、ヒト試験もやったし、ビジネスも立ち上げて機能性食品を作るまで持っていったしね。新しいことやろうかなって思っていた時に、たまたま大学の先生の募集があったんです。私が持っている知識を皆さんに伝えることができたらいいなという気持ちもあったし、大好きな食品微生物の研究をやり続けることができるのも大学じゃないかなと思って応募しました。

Q 福島大学の学生の印象について教えてください。
A 1年生の基盤教育で食品の機能という授業を担当していますが、興味をもってくれる学生がいろいろ質問してくれるのが嬉しいです。メールで「乳酸菌は酸素があるときとないときでどっちがいいんですか?」なんて質問してくる学生もいます。乳酸菌は呼吸しないので、酸素は必要ないんです。酸素があってもなくてもいいんですが、多すぎるとストレスに変わります。1年生でそんなことを聞いてくる学生がいるんです。私は授業の中で機能性表示食品を紹介したりすることがあるんですが、それについて質問してくれる学生もいたりします。嬉しいですよね。興味を持って取り組む学生が多いですね。

Q 2019年に食農学類が開設されたこともあり、やる気のある学生がたくさんいるのですね。
A そうですね。福島大学には農学系を学べる学類がなかったので、そこに興味を持ってくれる人がいるんじゃないですかね。私は食品科学を教えているので、食品会社に勤められる学生を育てるのも大切じゃないかなって思います。将来、県外に就職して、我々と共同研究してもらう学生を育てるのも大切ですけれど、地元に残って福島を盛り上げてくれる学生がいてもいいんではないかなって思います。そういうお手伝いがしたいです。

Q 大学の先生になって良かったと思ったことはなんですか?
A 去年の入学式にたくさんの親子が集まっているのを見て、喜んでいる様子を肌で感じ、大学に来て本当に良かったなって思いました。みんな希望に満ちて未来のことを考えているんだなって。

Q 新型コロナの影響でオンライン授業なので、学校に学生がいないのは寂しいですね。
A この時期だから気付けたこともあります。オンライン授業をしてみて、教科書の情報だけでなく、自分にしか持ってないような暗黙知(教科書にはないこと)を伝えることが大事だと思いました。自分の持っているノウハウとかスキルを合わせることで、より理解が深まり、皆さんの成長につながればうれしいです。

Q 10月から対面授業が始まるのが楽しみですね。(取材日:令和2年9月16日)
A 対面授業で面白いって言われたいです。興味を持ってもらいたいです。食農は学問だけでなく産業まで結びついているということを理解してもらいたいと思います。去年は授業の中で、実際に商品を見せながら、企業同士が食品機能や食品加工で、お互いに競争しながら生き残り戦争をしていることを説明しました。


■ 人との繋がりを大事に

Q お休みの日はどの様にお過ごしですか?
A 最近はなかなか帰れませんが、新潟に帰っていた頃は、サッカーが好きなので、アルビレックスの応援にスタジアムへ行っていました。福島にいるときは、土湯温泉に行ったり、女沼、男沼をグルっと散策したりとか、安達太良の山開きに行って来ました。

Q アウトドア派ですね。
A そうですね。最近は走ってないけれど、昔はフルマラソンやハーフマラソンも走っていました。福島のこの辺りを走るには10キロがいいところでしょう。走るの面白いですよ。今はジムへは行けていませんが、ボクササイズとかエアロビクスとか好きですね。基本的に体を動かすのが好きですね。
Q 他に趣味はありますか?
A  音楽が好きですね。大学時代はバンドでギターをやっていました。ブリティシュロック、特にローリングストーンズが大好きで来日する度にコンサートへ行っています。ローリングストーンズは平均年齢が75歳を超えているんですよ。すごいですよね。大学時代のバンドの仲間とは今でも年に3,4回は飲んでます。大学時代のクラブ活動、付き合いは大事だなと思います。ずっと友達でいられる存在です。



Q 多趣味ですね。
A そうですね。でも、やっぱり勉強しなくちゃいけないので、教科書的なものをよく読みます。最近では今まであまり勉強してなかった病理学とか薬理学とかの本を読んでます。南相馬の相馬農業高校で食品加工のコメンテーターとして行った時に高校生が使っている教科書を頂いたので、読んでみました。そしたら微生物利用や食品製造などが大学の教科書と比べても遜色ないくらいしっかり書かれているんですよ。高校生側(受け取り側)の目線で読んだり、今までの自分のベースじゃないことを勉強したりするのも大事ですよね。あとは、コメンテーターを頼まれて行って話したことが、「知ってるよ!」となるとすごくかっこ悪いでしょ?そういう時には知らないこと、新しいことをわかりやすく伝えるようにしたいなと思ってます。


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編集後記 熊谷先生から「取材前に研究風景を撮影してもいいですよ。」と連絡が入り、研究の様子を撮影させていただきました。楽しそうに研究されていた様子がとても印象的でした。福島大学から新たな乳酸菌が発見される日が楽しみです。 熊谷先生ありがとうございました