「『正しいこと』は正しいか?」vol.02 小野原雅夫
(人間発達文化学類/哲学対話・カント倫理学)
公開日:2016.8.31
福大ラボ訪問2回目のテーマは「倫理学」、ご紹介するのは人間発達文化学類の小野原雅夫教授です。
専門であるカント倫理学に興味を持ったきっかけやその魅力、5年に渡り運営を続けている「哲学カフェ」の様子や今後の予定について、お話を伺いました。

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■ 倫理、倫理学、哲学の関係性

Q 高校にも倫理という教科がありますが、この「倫理」と、「倫理学」は同じですか?
A いえ、かなり性質の違うものです。科目としての「倫理」は、古今東西の哲学者とその考えを網羅的に学ぶという側面が強いですよね。でも、そもそも倫理という言葉は、人が集まったときのルールのことを指すんです。たとえば、友人関係において「Aさんにはこういうことを言ってもいいけど、同じ言葉をBさんの前で言ってはいけない」のような暗黙のルールってありますよね。そういう明文化されていないものも含めた、人間同士の関わりの中で生まれるルールが「倫理」なのです。 「倫理学」は、こうしたルールとしての倫理について、改めて「それは本当に正しいのか?」と疑問を持って考える学問です。高校の倫理とは違うもの、というのが答えです。

Q では、「哲学」と「倫理学」はどういう関係なのでしょうか?
A 哲学は理論哲学と実践哲学に分かれます。理論哲学は、人はどうやってものを認識するのか?存在とはなにか?といった理論的問題を研究対象とします。一方、実践哲学は人間の行動・実践を研究対象とし、倫理学はこの実践哲学の一部になります。つまり、哲学の中に倫理学がその一部門として含まれているという関係になっています。

■ カントの純粋さに惹かれた高校時代。大事なのは物事の見方


Q 専門である「カント倫理学」について教えてください。
A 18世紀ドイツの偉大な哲学者であるイマヌエル・カントは、認識論や自然科学基礎論など多岐にわたる思想を残しましたが、その中でも私が最も惹かれているのがカントの実践哲学(倫理学)です。私はカントのことを高校の「倫理・社会」(現在の「倫理」)という科目の教科書の中で読んで知りました。ちょうど物心がついて自分の頭でいろいろ考え始めていたときに、カントが「意志の自律」とか「永遠平和」といった究極的な理想を唱えていたことを知り、その純粋性にものすごく魅力を感じたのです。カントの倫理学はあまりにも純粋すぎて、よく「現実離れしている」とか「厳格主義だ」と批判されます。しかし、カントの永遠平和の理想は150年ほどの時を経て、日本国憲法第9条として現実のものとなりました。私も目先の現実に惑わされずに、いつまでも遠い理想を目指して研究を続けていきたいと思います。

Q ゼミではどんな研究をするのでしょうか?
A 哲学・倫理学に関係があれば、基本的にテーマは自由です。1つの物事でも、心理学の観点から見るか、哲学の観点から見るかなど、たくさんの見方があります。テーマの選定と同じくらい、どういう方向から物を見て考えるかという部分が大事なので、そこを重視するよう学生には指導をしています。具体的な作業としては、本を読み、いろんな哲学者の説を比較検討したり、自分の考えを深めたりすることで研究を進めます。

■ しがらみから自由になれる場所、哲学カフェ

Q 先生は毎月「哲学カフェ」という催しを開いていますが、これはどのような取り組みでしょうか?
A 大阪や東京、仙台などで始まった取り組みを福島でも行おうということで、私や友人が世話人となって、2011年5月から「てつがくカフェ@ふくしま」を始めました。月1回のペースでもう丸5年以上続けてきています。「哲学カフェ」では事前に世話人が決めたテーマについて、参加者が各自考えてきたことやその場で思ったことを話したり、互いに質問し合ったりと、その場の流れに従って考えを深めていきます。世話人達は、参加者の議論が横道に逸れないよう気を配ることはしますが、学校の授業のように、講義や発言者の指名などは一切しません。




Q 参加者はどのような方が多いですか?
A 毎回20人~30人程度、年配の人が多いですが、中高生や20代の人も来てくれます。参加予約は必要ないので、ふらっと来てみた、という方も毎回数名いらっしゃいます。議論をするにあたり、哲学の専門知識はまったく必要ありません。「相手の話を最後まで聞く」というルールさえ守れればOKです。
 以前、参加者の中に、「日本ではこうして自分の考えを自由に言うことのできる場所は少ないからこの催しは貴重だ」とおっしゃった方がいました。哲学カフェでは、お互いを役職や職業名で呼ぶことを禁止しています。普段の生活では、「○○先生」や「お母さん」のように、職業や役割の名前で呼ばれる人も多いかと思いますが、ここでは一個人として話ができるので、そうした空間に魅力を感じる人が多いみたいです。 

Q なるほど、興味深いですね。次回はいつですか?
A 次回は9月24日(土)16時から福島駅前のカフェ「イヴのもり」で行います。テーマは「公共性とは何か?」で、参加費は無料です。詳しくは哲学カフェのページ(http://blog.goo.ne.jp/fukushimacafe)をご覧いただければと思います。

■ 私のお気に入り

Q 最後に、先生のおすすめの本など、お気に入りのものを教えてください。
A 倫理学に関わる本と、それとは関係なく僕の好きな本をご紹介させていただきます。 

〇1冊目:『友だち幻想 人と人との〈つながり〉を考える』(菅野仁 著、筑摩書房2008) 著者の専門は社会学ですが、本の内容はまさに倫理学の話です。例えば、クラスメイトについての章。「クラスのみんなと仲良くしよう」って言葉は、多くの人が小学校・中学校で聞いてきたと思いますが、これって果たして本当に大事なことなのでしょうか。たまたま同じ地域に住み、たまたま同じクラスになったから仲良くしなければならないって、なにかおかしいと思いませんか?こうした疑問について考えてみたい方におすすめです。

〇2冊目:ハリー・ポッター・シリーズ(J.K.ローリング 著) ミステリーは好きでよく読むのですが、僕はハリー・ポッター・シリーズを、ファンタジーではなく、ミステリー小説だと捉えています。各巻それぞれ最後に意外な犯人が明らかになり、そしてシリーズ全体としては、スネイプを巡るミステリーになっています。ハリー・ポッター・シリーズを読んだことのない人はもちろん、読んだことがある人も、そういう視点で読み直してみると、これまでと違った感想が出てくると思うのでおすすめしたいです。

■参考_小野原先生のブログ
まさおさまの 何でも倫理学http://blog.goo.ne.jp/masaoonohara

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「研究室が散らかっていて汚いので、写真は撮らないで欲しい…」と、シャイな一面も持っている小野原先生。偶然居合わせた人と議論をするという機会は、日常生活の中ではめったに訪れません。役割から解放され、見知らぬ相手と自由に思いを話し合う。そんな貴重な体験が出来る哲学カフェに、皆様も足を運んでみてはいかがでしょうか。

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※次回の更新は9月下旬を予定しています。