「いつも心に音楽を!」vol.05 今尾滋
(人間発達文化学類/声楽・オペラ)
公開日2016.11.30
 福大ラボ訪問5回目のテーマは「声楽」、ご紹介するのは、人間発達文化学類の今尾滋准教授です。
 声楽研究者・オペラ歌手として活躍する今尾先生ですが、実は法学部のご出身。一筋縄ではいかない、変化に富んだ人生を送る今尾先生のラボ訪問、幕開けです。

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■ 総合大学の法学部→芸大の声楽科→大学院、という道

Q 声楽の道に進んだ経緯を教えてください。
A はい。実は僕は一度、総合大学の法学部に進学しています。「音楽があるのが当たり前」という環境の小中高一貫校で育ち、外部の大学に入学したのですが、そこで、日常に音楽が無いことにものすごく寂しさを感じたんです。それまでは毎日必ず生活の中に歌があったのに、大学では、一日の中に歌う時間が組み込まれていない。周りはそれを当たり前だと思っているから、この寂しさを共有できる人もいない。検察官を目指して進学したのに、音楽が無いことへのもどかしさばかり膨らんでいきました。
 そんな時偶然、「とある有名な指揮者がバッハのロ短調ミサを指揮するにあたり、曲中の合唱参加者を一般募集している」という情報を耳にしました。バッハは好きでしたし、とにかく音楽がほしい、歌える場所がほしいという思いで企画に参加したところ、練習中に指導担当の方から「プロを目指してみてはどうか」と言われたんです。きっと、最前列で大声を出している僕が目立ったから、冗談半分でおっしゃったのだと思います(笑) でも僕は、その言葉を本気にして、思い切ってレッスンを始めました。師事した先生の「院ではなく学部から学んだほうがいい」というアドバイスもあり、法学部を卒業後、芸大の学部、大学院に進み、その後プロとして活動を始めました。

Q 4年間+4年間、大学院、という進路に不安はありませんでしたか?
A それが、自分としてはまったくなかったんですよ、不思議なことに。人生の転機は多々ありましたが、あのときを振り返ってもその後を振り返っても、私より周りがやきもきするケースのほうが多かったように感じます。

Q 普段はどのような研究をされていますか。
A 発声法や、リヒャルト・ワーグナーの作品におけるヘルデンテノールについて研究しています。男声は高い順にテノール、バリトン、バスに分かれますが、ヘルデンテノールはテノールの中の一分類です。ヘルデンとはドイツ語のHeld(英雄)から来ていて、どっしりと厚みのある音色が特徴的です。バスやバリトンの暗い音色を持ちつつも、出す音域は高い、と言ったらイメージしやすいでしょうか。僕自身もヘルデンテノール歌手として活動しているので、研究と演奏が人生の両輪になっているという点では、とても充実しています。

 ゼミ生は学類・大学院を合わせて5人おり、学校の音楽の先生を目指す学生を教えています。個人指導で勉強を進めるので、そういう意味では、いわゆる「ゼミ」とは毛色が違うかもしれません。ゼミ生同士が集まって何かをするのは、年に4回音楽科で行っている合同コンサートの練習時くらいです。女性の学生もいます。「男声と女声では学ぶことが違うのでは?」と心配する人もいますが、大丈夫です。基本部分は同じですから。だから、安心して福島大学を受験して、僕のゼミに来てください(笑) 

■ バリトンからテノールへ―プロになった後の声種変更

Q 今の専門であるヘルデンテノールという音域は、芸大入学後から極めてきたのでしょうか。
A いいえ、実はこれも違います。芸大の学部・大学院ではずっとバリトンでした。働き始めて数年たった頃、一緒に仕事をしたイタリア人指揮者に「君のその声ならテノールだろう。なぜバリトンを歌っているんだ?」と質問され、「じゃあ、1回テノールも試そうかな」と練習を始めたのがきっかけです。それまで遊びとしてテノールの音域を歌うことはありましたが、仕事となると別です。でも、練習してみたら想像よりもするすると力が伸びていったので、「もしかしたら向いているかもしれない」と転向しました。

Q プロになってからパートを変えるというのは、あまり聞きませんね。
A そうですね。多くはありません。それまでのキャリアを帳消しにする覚悟も要りますし、変更後にキャリアを築ける保証もありません。周囲に「バリトンともテノールともつかない中途半端な奴だ」と思われたのだと思いますが、僕自身も、なかなか仕事に繋がらない時期を過ごしました。人前で高い音域を出すのはプレッシャーも高いですが、僕はパートを変えたことに納得しているので、大きな問題はないですね。

■ オーディションを受け損ねた!!

Q 9月には東京二期会(※1)の「トリスタンとイゾルデ」初演で主要な役を演じたと聞きました。
A 主要といえるかどうか(笑)「トリスタンとイゾルデ」は、中世の叙事詩を元にワーグナーが作成した悲劇です。僕は今回、王の忠臣メロート役を演じました。
 二期会が「トリスタンとイゾルデ」をやると耳にした時から「絶対にオーディションを受ける」と決めていましたが、実はどうやら、家に届いた募集要項を誤って捨ててしまったらしいんですよ(笑) それでオーディションを受け損ねて、仕方ないなあ、残念だなあと思っていたところ、主催側から「この役をやってみないか」とお誘いいただいて、幸運にも出演することができました。

 ※東京二期会・・・東京に拠点を置く、日本有数の歴史ある声楽家団体。会員数は2,600名余りで、全員がオーディションで選抜される。

■ 「ワーグナーのヘルデンテノール役を、全制覇したい」

Q まさに禍を転じて福と為す、ですね。次の公演のご予定を教えてください。
A 12月には南会津で第九のソロ、来年5月には新国立劇場で上演されるジークフリートで、主役であるシュテファン・グールドさんのカバーを控えています。

Q カバーとはなんでしょう?
A 代役のことです。新国立劇場での上演では、主要なキャスト一人一人に代役が付き、キャストの万が一に備えるのが通例です。カバーは、セリフも歌も立ち位置もすべて覚えます。無事に上演が始まっても、上演中にキャストの声が出なくなる等のアクシデントに備え、常に劇場に待機しています。精神的にも肉体的にも相当な負担がかかるのですが、何事もなければ、カバーが陽の目を浴びることはありません。

Q 厳しい世界ですね。
A はい。ただ、今回は幸運にもカバー公演というものがあり、新国立劇場・中劇場という良い場所でジークフリートを歌えることになりました。今からとても楽しみです。

Q 今後の展望を教えてください。
A ワーグナーの書いたオペラのヘルデンテノールの役はすべてやりたいです。とはいえ、歌う機会は都合よくやってはこないので、1年に1度、ハイライト形式でワーグナーの楽曲を歌う自主コンサートを企画しようと思っています。2~3年以内には始める予定です。
 それから、指導法の研究にも力を入れたいです。自分自身が今の声域に遠回りしてたどり着いたので、きちんと一人一人の声に合った指導教育ができる教諭を育てたいですね。

■ 私のお気に入り

Q 最後に、先生のお気に入りを教えてください。
A はい。
 ○メルヒオールの全集
 ○『図説 ワーグナーの生涯』(ヴァルター・ハンゼン 著、
 アルファベータブックス、2012)
 ○『ワーグナー』(吉田 真著、音楽之友社、2004)

 一個目はメルヒオールというヘルデンテノール歌手のCDです。他2冊は、ワーグナーについて知るために最適だと思います。彼は作曲家としては偉大ですが、プライベートでは不倫だったり多額の借金だったりと、はちゃめちゃな人生を送っていますので、人柄を理解するのも面白いと思いますよ。 

■ 今後の公演予定

 〇2016年12月24日(土) 14時開演
 南会津 「第九公演」(3・4楽章のみ。+合唱団によるコンサート及びオペラガラコンサート)
 指揮:高橋裕之
 オーケストラ:アマデウス室内楽団(郡山)
 合唱団:地元及び会津地区合同の合唱団
 会場:御蔵入交流館(中規模ホール)
 主催:南会津第九の会


 〇2017年5月17日(水) 19時開演
 特別企画「ジークフリート」ハイライトコンサート
 指揮:城谷正博
 会場:新国立劇場中劇場


今尾先生のこれまでの研究紹介はこちら
 https://gakujyutu.net.fukushima-u.ac.jp/015_seeds/seeds_067.html

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ワーグナーへの敬意にあふれるお話を聞かせてくださった今尾先生。
研究者になるまでのオリジナルな道のりも、先生の魅力のひとつだと思います。
興味を持たれた方は是非一度、生の歌声を聴いてみてはいかがでしょうか。

※次回の福大ラボ訪問は12月下旬の更新を予定しております。