「イメージを データと資料で 覆せ」vol.06 菊池智裕
(経済経営学類/西洋経済史)
(経済経営学類/西洋経済史)
公開日:2020.3.17
突然ですが、鎌倉幕府の成立って何年ですか?「1192(いい国)作ろう鎌倉幕府」と思ったそこのあなた。実は今、「1185(いい箱)作ろう鎌倉幕府」の説のほうが有力なんです。ご存じでしたか?
今回は、そうした歴史認識を左右する研究に取り組んでいる、経済経営学類の菊池智裕准教授にお話を伺いました。読めばあなたの常識が変わるかも!
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Q 研究内容を教えてください。
A ひとことで言えば、いつの間にかできあがった歴史イメージが本当に正しいのか、またはどのように事実と異なるのかの再検証です。特に、20世紀ドイツの農業経済史を研究対象としています。
■ 探しましょう、新文献 掴みましょう、新発見
Q 「再検証」とは、何を使ってどうすることなのでしょうか?
A 資料やデータを使います。1989年の冷戦終結後、ソ連崩壊により様々な公文書が機密解除されました。これを機に手に入るようになった新資料やデータを解読・分析し、歴史の教科書に載っている事例や私たちの持つイメージが正しいかどうか、つぶさに調べるんです。
Q 新たに発見された事実には、どのようなものがありますか?
A たくさんありますよ。例えば日本では、「戦時中はずっと酷い食糧難だった」というイメージはありませんか?実はこれは誤りで、配給記録や日記などの資料から、時期によって程度に差があったことが分かっています。戦時中は兵士の育成のために、比較的きちんと物資が行き渡っていた一方、終戦間際・直後になると配給も遅れ、食うや食わずの生活を送る人が急増したようです。つまり、「食糧事情は時期によって濃淡がある」というのが本当の歴史です。
世界史では、ニューディール政策と経済の繋がりってどう習いました?「世界恐慌で弱体化した経済を、フランクリン・ルーズベルトがニューディール政策によって立て直した」と習ったのではないでしょうか。これもデータから誤りだと判明しました。ニューディール政策が実施される以前、既に経済は回復しつつあり、政策はその流れに乗じただけなのです。政策と経済状況の改善に因果関係が無いことが、再検証で明らかになりました。
■ やっていることは「歴史秘話ヒストリア」!?
Q それは意外な事実ですね。教科書の記載にも影響がありそうです。普段はどのように研究を進めているのでしょうか。
A 年に1・2回、科研費を使ってドイツへ行き、10日~2週間かけて文献や資料を探したり、研究対象の町を歩いたりします。自分は主に、特定の小さな範囲の町や地域に焦点を当て、日記や手紙などの個人的な資料から当時の農民・農村の生活を読み解いていく「ミクロストリア」という研究手法を使っています。そのため、現在のその村がどうなっているのかを見るのも、研究の重要な一部なんです。
日常の研究業務の大半は、それらの持ち帰った文献の解読や整理です。資料が手書きだったり保存状態が悪かったりすると、解読するだけでも一苦労なんです。読み込み、要約し、内容を整理するだけで時間がかかります。
Q 「経済」と聞くと、消費や需要、株価など、大きな枠組みに焦点を当てるイメージがありますが、ミクロストリアはその名の通り、「小さな歴史」と「経済」の関わりに注目するんですね。
A そうなんです。歴史を作ってきたのは名も無き庶民たちですし、平均値からは見えてきません。生活の実情を知るには、個人や町など小さな組織に焦点を当てる必要があるんです。
■ 歴史はピンチで役に立つ
Q 「歴史は暗記科目」「何の役に立つの」と言った声もありますが、先生は歴史を学ぶ意義をどう捉えますか?。
A 慌てずに済むようになることですかね。
例えば、イスラム国という組織がありますよね。凶悪なテロ集団というイメージが強いですが、歴史を振り返ると、似たような急進的・反乱的な組織が社会を震撼させた事例はいくつかあります。揺り戻しによる現象なのだと分かると、過度に恐れる必要もなくなりますし、こうした組織に社会はどのように対処してきたか、どんな理由で組織が弱体化していったかを知れば、事態改善のヒントが見つかります。
社会や人生のピンチに遭遇したとき、大きな流れの中に現在の出来事を位置づける思考を身につけていると、有利な道を選べる可能性が高まります。それが歴史を学ぶ意義だと思います。
■ 私のお気に入り
Q 最後に、先生の今後の夢とお気に入りを教えてください。
A 世界に関心を持つ学生を育てるのが夢です。いろんな国の同世代と交流し、世界の中で自分を活かせる場所・居心地のいい場所をみつけてもらえたらと思います。
お気に入りはチェスです。ヨーロッパでは共通言語としてチェスが好まれていて、町の広場に自由に使えるチェス駒が置いてあるんですよ。学生にもぜひ覚えて欲しくて研究室にチェス盤を常備しているんですが、誰も興味を示してくれません。ルールの解説本まで置いてあるのに、寂しい限りです。
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いかがでしたか?教科書の記述は、こうした研究によってブラッシュアップされていることがお分かりいただけたでしょうか。この年末年始、久しぶりに歴史の本を手に取り、最新の学説に触れるのも有意義な過ごし方かもしれません。 よいお年をお迎えください。 ※次回の更新は1月末を予定しています。