「先ず虫より始めよ」vol.9 塘 忠顕(共生システム理工学類/昆虫の比較形態学・地域の昆虫相)
公開日:2017.3.17
世界で最も多い生物種はなんでしょう?正解は・・・・・・昆虫です!その数なんと100万種。地球に生息する動物の約7割を占めます。
今回は、そんな虫たちの体の構造や機能を明らかにしたり、分布調査を通して自然環境の状態を解明しようと研究に励む先生が主役です。虫めづる研究者の編、はじまりはじまり。
(文中に昆虫の画像はありません。)
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■ アザミウマから環境を見つめる

Q アザミウマの研究と、県内の昆虫相調査を中心にお伺いしたいと思います。まず、前者のアザミウマ研究ですが、アザミウマとはどんな虫なのですか?インターネットで検索すると、害虫の一種のようですが……?
A アザミウマは体長1mm~5mm程度の小さな虫で、植物などに生息しています。現在、世界で約6000種類確認されていますが、そのうち農作物に被害を与えるのは数100種類程度です。
 系統的にはカメムシと近縁な昆虫です。アザミウマは「吸汁性(きゅうじゅうせい)」といって、口を植物に刺して汁を吸う性質を持っています。植物を枯らしたり斑点を発生させたりする直接の原因はウイルスですが、害虫とされるアザミウマは、唾液を媒介してこのウイルスを植物に注入してしまうのです。
 日本では、シクラメンやトマトなど、温室栽培に適した農作物が被害を受けやすいです。ただ、害を及ぼすアザミウマはごく一部ですし、日本にいる9割以上の種は人間の生活とは無縁です。基本的に無害な虫と思ってもらって差し支えありません。

Q なるほど、少しほっとしました。先生は、そんなアザミウマのどういった面を研究されているのでしょうか。
A 私の研究対象は害虫以外のアザミウマであることを前置きした上で、主に2つの側面から研究をしています。
 1つは体の構造の研究です。採取したアザミウマを、高倍率で拡大できる顕微鏡で観察し、構造の形態的特徴からその機能を推定します。日本は他国と比べてアザミウマの分類学的研究は進んでいますが、形態に関する研究は発展途上で、アザミウマの体にはまだまだ沢山の謎が残されています。
 ちなみに、採集した中に新種が見つかり、名前を付ける必要が出ることもあります。日本で害虫種以外のアザミウマの分類をきちんとできるのは、私を含め5名程度しかいません。名前を付ける際は、他の分類学者と相談して行います。
 もう1つは、環境指標としての研究です。アザミウマの分布状況から、自然環境の状態を評価しています。例えば、ある地域の2か所からアザミウマを採集したとしますね。一方の場所では100種類、もう一方の場所からは10種採れたとします。このように種の多様性に偏りが出た場合、その原因や背景は何かを探り、アザミウマを含めた生物全体にとって、より良い自然環境を保つにはどうしたらいいか検討するのが主な内容です。

 よく、どうして虫の研究をしているのか聞かれるのですが、虫が大好きだったこと以外に、言葉を持たない虫たちの代弁者に成りたいという思いがその理由だと思います。虫の形態や機能、種の多様性の観点から、「今の自然環境はちょっとやばいんじゃない?」と、学術的な根拠に基づいて伝えられるのは研究者ならではの特権です。人と自然との共生を、虫をきっかけに考えたい、といったところでしょうか。

■ 福島の昆虫事情と共生への取り組み

Q 文字通り「虫の目」で自然環境を考えている訳ですね。もう1つの研究内容、県内の昆虫相調査について教えてください。
A 昆虫相調査とはざっくり言えば、その場所にどんな昆虫がいるか調べるものです。今は、東日本大震災以降生息が確認されていない虫の調査を行っています。

Q 例えばどんな虫ですか?
A ヒヌマイトトンボ、グンバイトンボの2種です。これらは震災前から、福島県の絶滅危惧種に指定されていました。隣接県では震災後にヒヌマイトトンボの生息が確認されましたが、福島県では。元々の生息域が限られていたこともあり、まだ見つかっていません。グンバイトンボも同様です。
 ヒヌマイトトンボの幼虫は、淡水と海水が混じりあった地域「汽水域」にしか生息しません。震災前は松川浦を中心とした相馬市にいました。グンバイトンボは、県内では大熊町の熊川だけに生息していたトンボです、両種とも、津波の川への逆流や生息環境の変化が、幼虫をどこかへ流してしまったと見ています。
 2種とも、隣の宮城県では生息が確認されましたが、福島県では元々の生息域が至極狭かったこともあり、まだ見つかっていません。

Q そんな悲しい状況があるとは知りませんでした。
A 震災がもたらしたプラス面もありますよ。人間が立ち入らなくなったことで人為的な撹乱が抑えられたり、新たな生息適地が創出されたりしたことにより、3~4年で個体数が急増した絶滅危惧昆虫もいます。こうしたケースでは、せっかく創出された生息環境を維持して復興工事を進められるよう、福島県の野生動植物保護アドバイザーとして、行政や事業者に具体的な配慮方法をお伝えしています。

■ そして研究(ものがたり)はつづく。

Q 震災が偶然生んだメリットは活かしつつ、虫と人間の共生を図っているのですね。今後はこの研究をどうしていきたいとお考えですか?
A 新しいことに手を広げるよりは、今までやってきた研究を地道に続けていきたいです。それと、どれだけ忙しくなっても地域貢献活動の優先度は下げたくないと思っています。
 研究者なので、研究成果を論文で発表することはもちろん重要ですしそうすべきとは思います。ただ、その論文を一般の人が読むかと問われると、首を縦には振れません。せっかくの成果を社会に還元するためには、身近な媒体で発信する必要もあるでしょう。
 こうした思いから、フォレストパークあだたらや裏磐梯湖沼群をフィールドにした研究では、成果として、その場所に住む昆虫の種類や特徴が分かるリーフレットやミニガイドブックを作り、ビジターセンターに置いていただきました。訪れた際には手に取り、昆虫を足場に自然環境へ思いを馳せていただけたらと思います。

■ 私のお気に入り

 もう解散してしまいましたが、私、中学生の頃からオフコースがすっごく好きなんですよ。高校ではコピーバンドを組んでピアノを弾いていたくらい(笑)。
 仕事で疲れた時などは、メンバーのひとりだった小田和正さんが毎年企画し、クリスマス頃にTV放映される「クリスマスの約束」という特別番組の録画を見て癒やされています。


塘先生のこれまでの研究実績はこちら https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/3/0000217/profile.html

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 研究室の至る所には水槽が。先生、これ、なんですか?
 「貝やゲンゴロウを飼育しているんです。飼育力向上のための練習です。」
 「虫の代弁者として環境保全を訴えたい」と話す塘先生。研究意欲はとどまるところを知りません。