「教科書には載らない歴史の探究」vol.12 阿部浩一
(行政政策学類/日本中世史・文化史)
(行政政策学類/日本中世史・文化史)
公開日:2017.12.18
歴史の背景には、多くの人物と出来事が関わっています。今回のラボ訪問は、日本中世の歴史について研究している、行政政策学類の阿部浩一教授にお話を伺ってきました。ご専門の研究のかたわら、東日本大震災で被災した地域の歴史資料を守り、後世に伝える活動もされており、今年度の学長社会貢献表彰を受けられました。私たちが知っている大きな歴史から、教科書には載らない身近な歴史まで、様々な角度からみる歴史は面白いです!
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■ 戦国時代の歴史背景
Q 先生の専門分野、どんな研究を行っているか教えてください。
A 日本中世史で、主に東国(現在の関東~東海地方)の戦国時代の地域社会について研究しています。
Q 具体的に言うとどのあたりでしょうか?
A 大名の名前をあげると、関東は北条氏、東海は今川氏などですね。福島大学に来る前は東国(関東・東海)を中心に、福島大学に来てからは東北地方の伊達氏を中心に研究しています。南奥羽(現在の南東北)地域で大名や領主がどういった形で戦国時代を生き抜いてきたのかに関心があります。
戦国時代は戦をして大名が他の大名を滅ぼし領土を広げていくというのが世間一般のイメージですよね。東北地方も伊達政宗によって統一されましたが、政宗の動きが南奥統一につながったのは天正17年、豊臣秀吉の小田原攻めが天正18年です。それまでの東北地方は、戦こそしますが、決着がつく前に第三者が仲介に入り仲直りさせ、相手を滅ぼさないまま均衡状態が続いていました。そのため昔は、中央から離れていて統一が進まず遅れた地域とみられていたのですが、近年は南奥羽地域独特の平和秩序を表わしているという評価へと変わ りつつあります。また、豊臣秀吉が全国統一するときに発令した「惣無事令(私戦禁止令)」があるのですが、東北地方ではもう少し早くから「惣無事」という和平の方法が見られ、戦が複雑になってもこの「惣無事」で東北なりの平和秩序を保っていたと考えることもできます。こういった歴史を私なりに研究しています。他にも交通に着目していて、戦国時代に南奥羽地域の交通がどの程度整備されていて、そこにどんな人たちが往来して活躍していたのか、特にモノだけではなく情報も運んでいた商人たちに目を向けると面白いです。
ところで、「徳政令」は知っていますか?借金を帳消しにする特異な法令です。鎌倉時代には元寇後の御家人救済策として、室町時代には借金帳消しを求める徳政一揆の要求で発令されたのですが、「徳政」という言葉が歴史の表舞台に頻出するのは中世の特徴です。私が大学生の頃、中世の徳政令がなぜ民衆に受け入れられたのか、なぜ借金帳消しをしても世の中が混乱しなかったのか、徳政の本質にかかわる新しい研究にふれて、非常に興味をもちました。元々戦国大名に関心があったこともあり、自分でも研究しようと思ったんです。戦国大名は、室町時代の守護のように幕府に任命されたという権威の裏付けがなく、実力で 一国に君臨していたことから、その国を維持するのに家臣や民衆の支持が必要でした。戦国大名の徳政令は戦争や飢饉への対応として出され、借金帳消しだけではなく年貢を納めやすい方法にするなど内容も幅広く、民衆を救済するための善政を意識した法令だったんです。一方、民衆の中からは商業流通に長けた人たちが富を蓄え、大名の蔵の運営を支えることで、徳政令から保護される者たちも出てきます。彼らのような流通で富を蓄えた人たちの中から地域のリーダー的存在となり、次第に自治を担う人々が出てきます。これが室町時代の近畿地方から登場する惣村(そうそん)や自治都市と同じような自治的村落・自治都市につ ながっていくと考えています。かつて中世惣村の自治は統一政権に否定され、江戸時代の村は幕藩権力の行政の末端機構と化したとする見方がありました。その一方で、中世惣村の成熟があったからこそ、幕藩権力は村に行政を任せられたのであり、その意味で中世民衆の自治の達成が近世社会を用意したとする見方も出てきました。
話はだいぶ広がってしまいましたが、徳政令を手がかりにみることで歴史の奥深い世界まで広がっていき、また違うものが見えてきて、最終的にひとつの歴史としてつながっていきます。こんなふうに、戦国大名の出した徳政令を出発点に、関東・東海の戦国時代をフィールドとしてまとめた博士論文を本にしたのが拙著『戦国期の徳政と地域社会』(吉川弘文館、2001年)です。そこで研究したものを生かして、せっかく福島にいるのだから、今度は東北地方の政治や商業流通の問題を「遅れていた地域」ではなく「東北の独自性」として自分なりに調査し、見直してみようと思いました。
■ 地域の歴史は地域で護る
Q これからは東北地方についての研究を進めていくんですね。
A そうですね。福島を中心とする東北地方の戦国時代に興味があります。福島にいるからには、地域の方々からの地元の歴史を知りたい、聞きたいというニーズにも応えていきたいと思っています。
Q 地元のニーズとありますが、どういった質問が多いですか?
A 一番多いのは地元の歴史についての質問です。町や市ではなく、集落や地区といった小さな範囲の、ごく身近な歴史を知りたいと思っている方が意外と多いです。歴史の教員だから何でも知っていると思われがちですが、専門分野以外は正直言って分からないことが多いです。歴史研究者というのは、史料がないと何も語ることができないんですよ。史料が残ることで、初めて歴史を語り伝えることができるんです。
ところが、せっかく史料が伝わっても、大規模災害などによって一気に失われてしまう事態が続いています。このような危険性が阪神・淡路大震災をきっかけに表面化し、その対応策として歴史資料保全活動が本格的に始まりました。福島県でも有志が集まって、2010年11月に「ふくしま歴史資料保存ネットワーク」が発足しました。その翌年に東日本大震災が発生したこともあり、長期避難を余儀なくされている地域の歴史が途絶えてしまうことへの危機感をもちながら活動してきました。これまでの地道な活動を評価していただき、今年度の学長表彰につながったのだと思います。今回は私がふくしま史料ネットの代表を務めていたこともあって表彰を受けましたが、この活動に携わってくれた他の教員や学外の仲間たちはもちろん、歴代の学生たちの存在がすごく大きいです。多くの学生たちがいなかったらこれまでの活動は成り立たなかっただろうし、一番表彰されるべきなのは彼ら学生たちだと思っています。
◇ふくしま歴史資料保存ネットワーク http://www.geocities.jp/f_shiryounet/
Q 研究を行っていく中での目標はありますか?
A 最近は被災資料のことばかりやっていますが、やはり日本中世の歴史研究者として、専門領域でもある戦国時代について追究していきたいと思っています。目標としては、もう10年くらい同じことを言っているのですが、2冊目の本(論文集)を出したいです。「地域」をテーマとして、商業流通や交通のあり方、自然災害によって地域がどのように変化したかなど、様々な角度から地域社会の歴史にアプローチしていきたいです。その中に東北地域に焦点を当てた論文を入れるかもしれません。まだ章立てなどは決まってないですが、今後まとめていけたらいいなと思います。
Q 先生の話を聞くと、学校の授業とは違って、歴史って面白いなと思いますね。
A 日本史の教科書は膨大な知識を上手に整理して載せていて、学校の先生が限られた時間内で教えられるようにまとめた最良の本です。でも、広い時代やテーマをあの小さなスペースに収めるのは大変ですし、その中に歴史本来の面白さはなかなか反映できません。歴史の背景や面白さを全部入れてしまうと、教科書がとんでもなく分厚く、何冊にもなってしまいますよね。
■ 福島大学でも歴史は学べる!
Q 先生はFacebookやブログでも情報発信していますよね。
A ブログにも書いてありますが、福島大学、特に行政政策学類で歴史を学べるということがあまり知られていません。そのため、歴史を学びたい学生たちは他の大学へ行ってしまうという話を何度も聞かされました。福島大学、特に行政政策学類でも歴史が学べるということをもっと広めていきたいですし、アピールしたことによって本学に来てくれるきっかけとなれば嬉しいですね。最近、地域の伝統文化や歴史に興味のある高校生がFacebookページを見て、歴史資料保全活動を体験してみたいと連絡があり、実際に来てくれました。地道に情報発信してきてやっと届いたと報われた気持ちになりました。いつか大学で再会できたら、とても嬉しいです。
大学で歴史を勉強しているというと、何のために歴史を研究するのか、歴史研究が何の役に立つのかと、よく聞かれます。昔だったらきっと「歴史が好きだから」としか答えられなかったと思います。しかし、歴史資料保全活動を続けている中で、地域に伝わってきた歴史や文化を後世に伝えていくことに重要な意味があり、そのために歴史学のできることがたくさんあると確信しました。大規模な震災などが起こり、当たり前のようにあった景観、地域とのつながり、住民どうしの結びつきが失われて初めて、地元は自分にとって思っていた以上に大事な存在であることに気づきます。災害の有無に係らず、地域の歴史や文化を護り伝えることは、さまざまな局面で地域の力となり、地域と人々を結びつける力にもなります。その力の一端を支えるのが歴史学であり、歴史学ができる社会貢献だと思っています。
◇研究室ブログ http://fukudaihistoryabe.blog.fc2.com
◇研究室Facebookページ https://www.facebook.com/fukudai.history.abe
Q 学会や研究会、歴史資料保全活動と忙しそうですが、もし自由な時間があったら何がしたいですか?
A 忙しくても、学生たちと一緒に活動していると、不思議と苦にならないんです。体力的には大変ですが、趣味と実益を兼ねているというと語弊があるかもしれませんが、自分の興味関心があるところで仕事ができているので。
自由に何をしても良いと言われたら、旅に出たいですね。一人で何も考えずにフラッと。たとえば、札幌に行って、美味しいものを食べたりとか。あとは、まだ訪れたことのないところがまだまだたくさんあるので、全国津々浦々を探訪してまわりたいですね。でも本当は、パソコンに向かって原稿や書類を書くこともなく、1日中うちのねこちゃんと一緒にごろごろ寝ていたいです。
阿部先生のこれまでの研究業績はこちら https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/2/0000104/profile.html
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阿部先生の研究室では、毎年学生と一緒にゼミ旅行へ行くそうです。「フィールドワークも多く、学生同士のコミュニケーションが大切になるので、ゼミ旅行はお互いが打ち解け、親睦を深める良いきっかけになっていると思います。個性はバラバラでも、卒業するときは同じカラーというか雰囲気を纏っているように思います。“歴史が好き”という共通のキーワードがあって、同じ時間を共にする中で、学生たちが作り出しているゼミの伝統かもしれません。ここにも歴史と人とのつながりがありました。