「花と花に訪れる虫の不思議な関係」vol.16 水澤玲子(人間発達文化学類/島嶼生態学)
公開日:2018.3.20
島嶼(とうしょ)とは大小さまざまな島のことをいいます。本州と島の環境には違いがあり、本州の植物と、島の植物は見た目が同じでも、遺伝子が異なるものもあるそうです。
今回のラボ訪問は島に生育する植物と生物について研究をしている、人間発達文化学類の水澤玲子准教授にお話を伺ってきました。
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■ 植物の進化と虫の関係

Q 先生の専門分野と研究内容について教えてください。
A 専門は島嶼生態学です。大学院生の時に、伊豆諸島に生育する「シマクサギ」という植物を対象に、その花にどんな昆虫が来るか、また、来る昆虫によって花はどのように進化するか等、植物と昆虫の関係について研究していました。一般的には、島は自然が豊かだと思われがちですが、本州に比べると面積も小さく淡水環境も少ないので、環境の多様性は限られます。
 また、伊豆諸島のように一度も本州と繋がったことのない火山島では、海を越えて島に到達できた生物だけが生息していることになります。そのため、島の種数は本州と比べて少ないのがふつうです。本州で花粉媒介を担っていた昆虫が島に生息しない場合、島の昆虫に適応した花の形や、昆虫がいなくても受粉できるような性質(自動自家受粉)が進化すると考えられます。特に自家受粉に特化した場合には、昆虫にアピールするための派手な花弁もいらないはずです。実際、島の植物では本州の近縁種と比べて自殖しやすく、地味な花を咲かせるものがたくさん知られています。本州に生育しているクサギと島に生育しているシマクサギがこのようなストーリーに当てはまりそうだったので、そこに興味をもって研究をしていました。

Q 現在も継続してその研究を行っているのでしょうか?
A 現在はテーマが変わってきて、日本全国のクサギ属植物の染色体数について研究しています。例えば、ヒトの染色体は46本(2n=46)ですが、これは半分の23本をお父さんから、もう半分をお母さんからもらっているからです。23本のセットを2セット持っているので、ヒトは2倍体です。植物では、これが4倍体、6倍体と増えていくことがよくあります。クサギとシマクサギの進化の過程を調べるためにDNA解析を行ったところ、祖先と思われていた本州産のクサギが4倍体、子孫だと思われていた伊豆諸島産のシマクサギが2倍体ということが分かりました。詳しい説明は割愛しますが、細胞分裂の仕組みを考慮すると、染色体数が2倍になる事は、まあ起こり得ると思います。
 しかし、4倍体が2倍体になる、染色体数が半分になるような事は、ちょっと考えにくいです。最初は本州のクサギが祖先で島に入ってきてシマクサギが進化したと思っていましたが、このDNA解析の結果を見て、本州のクサギと島のシマクサギのどちらが祖先なのかという疑問がでてきました。そこで過去の論文を調べてみたところ、中国のクサギも2倍体であることが分かりました。中国から日本に入ってきて4倍体化するプロセスのどこかで2倍体の集団が島に取り残されるという現象が起こったのではないかと推測していて、今はそのプロセスを明らかにする研究をしています。

■ 花にいる虫、花にくる虫

Q 他にも研究していることはありますか?
A 面白そうだなと思ったらあまり深く考えずに手を出してみるんですけど、最近はクモについて研究しています。学生時代に伊豆諸島で植物の調査をしていたとき、花の上にカマキリがいるのをよく見かけました。カマキリは花上捕食者といって、花に来る虫を狙っているのですが、学生時代はそこまで調査が出来ませんでした。学生時代のテーマがひと段落したので、カマキリが花にいるときといないときで、花を訪れる昆虫の行動に影響があるのか調べてみようと思いました。
 調査を始めてから分かったのですが、伊豆諸島はカマキリが多いのですが、福島ではカマキリよりもクモが多く見られました。それに東北地方に生息しているクモについてはまだ十分調査されておらず、東北初記録の種を発見できる可能性もあるので、面白いかなと思って卒論生と一緒に調査をしました。福島県初記録の種が3種見つかりました。この調査結果は、卒論生が頑張って捕まえたクモのリストを整理してくれて、福島県生物同好会の出している『福島生物』という雑誌に投稿しました。今は印刷中です。
 カマキリの調査では、カマキリがいる花は危険なので昆虫は来ないだろうと予想していたのですが、昆虫の訪花はむしろ増えました。代わりに花にいる滞在時間が短くなるんです。カマキリがいると同じ木に長居できないので、訪花してすぐ他の木に移るという行動を繰り返した結果、株間の移動が増えて訪花回数も増えたと推測できます。直観的な予想とは逆の結果になったのがすごく面白いなと思いました。この結果は、短報(短い論文)にまとめているところです。
 去年からは、県から尾瀬保護指導員を拝命しています。尾瀬でも花上捕食者の研究をしてみたいと思っています。昨年の夏に尾瀬に行ってみたのですが、花もクモも訪花昆虫もたくさん居て、素晴らしいフィールドだと思いました。

Q 地域が違うと全然違いますか?
A 違いますね。研究当初は送粉者(花粉を運んでくれる虫)の違いに注目していたのですが、花上捕食者も伊豆諸島ではカマキリ、福島ではクモといった違いがありました。地域によって昆虫相も異なり、生物同士の関係性にも違いが出てきます。その結果、生物や植物の形態や進化の方向性に地域による違いが出てくるので面白いです。

Q 研究での目標は何でしょう?
A 常に、今やっていることを完成させることが目標です。クサギ類の倍数性の研究については、倍数性の地理的な分布が分かっただけなので、やることがまだまだ沢山あります。今回の研究で、シマクサギとは別に、新たな2倍体集団も見つかりました。それが既知の種なのか、新しい種なのかを明らかにしたいのですが、そのためには、過去の研究成果をひとつずつ確認する必要があります。昔の研究と私が見つけたことを矛盾無くリンクさせて1つの研究として完成させたいです。
 また、花上捕食者についてもカマキリが多い場所の方が昆虫の訪花頻度が高いことが分かったのですが、送粉者が本当にカマキリを認識しているのかまでは示せていません。条件をコントロールした実験などを行って、カマキリがいるときといないときの訪花昆虫の行動を比較する必要があります。
 これらの今やっている研究をきちんと形にすることが今の目標です。

Q 研究の楽しみは何ですか?
A 自分しか気付いてないかもしれない、私が初めて見つけた、と思って調査するのが楽しいです。でも過去の文献を調べると、既に同じようなことを昔の人が気付いている場合もあるので、そのときは残念って思います(笑)。
 学生の中には、情報が少なかったり前例がないと自分のやっていることが間違っているような気持ちになって不安を感じる子もいます。でもそうではなくて、今まで誰もやっていないからこそ意味があって価値ある研究になると思うので、前例がなかったらむしろ胸を張って欲しいです。

■ 野菜の栽培からメンデルの法則へ

Q 趣味(好きなこと)を教えてください。
A 趣味は研究です(笑)。研究以外だと英会話です。国際学会で、英語でプレゼンテーションをしなければいけないことがあって始めたのがきっかけです。目標にしていた学会が終わったので、一度は英会話を辞めてしまいましたが、最近再開しました。おしゃべりでストレス発散にもなるので一石二鳥です。
 あとは、野菜の栽培を始めました。元々栽培は苦手だったんですけど、野菜が成長する様子をみていると可愛いいし楽しいです。種からの栽培は難しいので、お店で売っていて、いつでも買えて、すでに発芽しているような野菜で「ただの野菜がどこまで育つかな?」っていうところが楽しむポイントです。研究室ではカイワレ大根、家ではニンニクを育てています。目標は、開花させて、結実させて、その種からもう1回発芽させることです。それをまた育てて、交配させて、とやってみたら、もしかしたら買ってきた野菜で、中学校で教わるメンデルの実験のようなことを再現出来るかもしれないなと思っていて。結局仕事に寄ってしまいますけど、中学校や高校で使える教材になるかもしれないと、目論んでいます。出来るかどうかは分からないですけど、まずは花を咲かせてみたいです。

Q 福島でやりたいことはありますか?
A こうなったらいいなと思うことですが、福島県内には自然観察系のコミュニティがたくさんあります。コミュニティ毎にイベントを企画するのですが、定員割れしてしまってなかなか人が集まりません。組織同士をゆるくつないで、イベントや広報活動をコミュニティ間でシェアしたら、もう少しうまくいくんじゃないかなと思っています。組織同士で協力して広報し、福島全体で自然観察系のコミュニティを盛り上げられたらいいなと思っています。

水澤研究室HP https://sites.google.com/site/leikomizusawa/
先生のこれまでの研究実績はこちら https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/1/0000059/profile.html

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「虫嫌いではないので虫に触ることに抵抗はないですが、実はそんなに生き物が好きなわけではなく、調査もけっこうツラいなと思うときもあります(笑)。でも、このデータが後で結果につながると思うと調査も頑張ろうって思えます。」
長時間の調査のときは休憩をはさみながら地道に研究を進めているそうです。コツコツ積み重ねた調査が結果となり、新しい発見から新たな研究テーマが生まれるそうです。