「研究は池あり川あり新発見!」vol.17 難波謙二(共生システム理工学類/環境微生物学・微生物生態学)
公開日:2018.9.28
満を持して2018年度の福大ラボ訪問が始まりました。
今年度も先生方の研究や興味深いお話をたくさん発信していきたいと思います。
今回のラボ訪問は、研究室ではなく(!)郡山市中心からほど近い酒蓋池に共生システム理工学類の難波謙二教授を訪ねました。(酒蓋池はコイの養殖がおこなわれてきた池です)
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■ 除染から生態系の謎が明らかに?

Q 先生の専門分野とこれまでの研究内容を教えてください。
A 環境中の微生物の生態が専門です。
 もともとは、東大の農学部で、海の中にいる微生物や、海底の泥の中のバクテリアを対象に研究をしていました。さらに、地下水中の人為由来物質の運搬や分解過程と微生物との関係や大気中の温室効果ガス濃度の変化に関する研究を行ってきました。
 福島の自然環境中の微生物が関わる現象として、阿武隈川の濁りの原因や、猪苗代湖や裏磐梯湖沼の水質指標細菌も研究対象としてきました。2011年の震災と原発事故以降、環境中の放射性セシウムの動きについても研究対象としています。

Q いまこの池では何を調査されているのですか?
A 2015年に行った調査では、池底の泥を柱状採集し、20cm程度までは乾重量で8000Bq/kg を超えていることが分かりました。
 また、養鯉組合や内水面水産試験場と共同で、コイの養殖実験を行いました。生け簀(いけす)で飼われている鯉から検出される放射能は低いのに、生け簀の外に生息しているコイからは比較して高い放射能が検出されていました。なぜそうなるのかを生け簀の中と生け簀の外とで給餌養殖を行って養殖実験を行ったのです。
 その結果、同じ池内でも生け簀内で底に接することがないコイと比べると、生け簀外で池内を自由に動き回るコイでは、放射性セシウム濃度が比較的高いことが分かりました。これは、コイの成長や筋肉中の窒素・酸素の安定同位体比とも関係が見られています。
 2017年度、この池では除染が行われ、池底の泥が除去されました。今年2018年は、2015年と同様の池の底の泥や水質の調査、それに給餌養殖実験を行って、コイの成長や放射能の取込みを調べ、除染の効果を確かめているところです。

Q どのように調べるんですか?
A 2015年に5月から12月まで1年間かけて、毎月コイを取り上げるとともに、水や泥を採集しました。コイについては内水面水産試験場で胃内容物を調べ、福島大学で炭素・窒素安定同位体比を測定しています。水の中の放射性セシウムを溶存態、懸濁態、有機懸濁態に分画して測定しました。懸濁成分は約1トンの水から集めています。
 内水面水産試験場で、コイの胃内容物を調べたところ、放射性セシウム濃度が高くなった個体では黒っぽいセシウム濃度の高いものが確認され、泥を一緒に食べて濃度が高くなっている可能性が指摘されています。2015年に行った給餌養殖実験では、大学にある装置で、コイの肉の安定同位体比を測定しました。
 安定同位体比について簡単に説明します。炭素の質量数12ですが、それ以外に13という質量数の、放射性ではないという意味で安定な炭素も炭素原子のわずかな割合ですが存在しています。この比率の標準試料からのずれを安定同位体比と言います。窒素についても炭素と同様に安定同位体比を求めることができます。
 コイ筋肉の安定同位体比は、コイが与えた餌で成長するとその餌の安定同位体比を反映したものになります。また、池の泥に含まれる有機物を食べて成長すると、与えている餌と泥の有機物とでは安定同位体比が大きく異なるので、コイ筋肉の安定同位体比も餌のときとは違った値になります。
 実験結果から、生け簀の外のコイは安定同位体比の個体差が大きく、与えたエサをよく食べているコイと、あまり食べていないコイがいることが分かりました。
 2017年にこの池で除染が始まりましたので、じゃあ除染後の池でも同様の結果になるのか確かめようと思って、2018年から、養鯉業者と内水面水産試験場と共同で、いま調べているところです。

Q コイについては、あまりわかっていなかった?
A そうです。
 コイを池で放流した場合、コイがどういうものを食べるのかということは池の生態系として基本的な問題です。しかし、放流して給餌養殖した場合でも、コイが何を食べているか本当のところはわかっていなかった、と言えると思います。当然、与えられる餌にどの程度依存するかで現れるコイ筋肉の安定同位体比の個体差なんか全然わかりようがなかった。これは、放流コイの成長の個体差の原因にもなっているかもしれません。放射能の汚染があって、対策としての調査研究の必要が発生して初めて、このような基礎的なことがわかるきっかけになっていると言えます。
 そして、2015年の調査で大体はわかってきました。今回の調査はもうちょっとの念押しの調査ですね。

Q 調査は大変ですか?
A 今日(8月10日)は暑くて大変です。暑さ以外は大変じゃないです。もっと大変なことはいろいろやっています。今年は5月から毎月、滑川温泉または姥湯温泉から3時間くらい登山道を歩いて3つの沢の水を採集しています。米沢市ですが、福島市内を流れる松川の上流部になります。それが一番大変かな、体力的に。

Q この池(酒蓋池)以外でも調査はされている?
A はい、この池のほかに、阿武隈川の福島市内の観測点、浪江町と南相馬市を流れる太田川では横川ダムのダム湖とその上流域、大部分が帰還困難区域の中にある双葉町の前田川は上流域から下流域に至るまでとその流域のため池で、いずれも放射能関係の調査を行っています。また、米沢の山の中ではバクテリアを調べています。

■ 微生物から学ぶ水泳

Q 福島大学に着任したのはいつですか?
A 2005年4月です。

Q なぜ、福島大学へ?
A 行政政策学類の中馬教允先生が書かれた「福島の地下水」を拝見して、その提起された問題の中に、自分にできることがありそうな気持ちがありました。
 そのころ私の活動の場は首都圏でした。工場の跡地にマンションを建設する場合等、土地に汚染があるとお金をかけて浄化します。そうすると土地の価値が上がるからです。経済的にも成立する社会的な需要があるのです。不動産会社等からの相談をうけて研究もしていました。福島に来て分かったことは、お金をかけて浄化をするという要望はあまりないということです。
 せっかく汚染が無ければ飲料水として使える地下水資源があるのに、それが人為的な汚染によって使えないのでは負の遺産になってしまいます。そのため、そういう場所では、過去にどんなことがあったか記録しておいて、需要が発生したら慎重に調べて、そのうえで使うなら使う。福島に来てそういう現実思考に変わってきています。

Q 先生の趣味は何ですか?
A 水泳です。夏は大学のプールで泳いでいます。水泳部顧問も務めています。

Q 水泳を子供のときからやっていたんですか?
A いいえ、やっていません。
 岡山での小学時代は結膜炎になりやすい体質だったので、プールに入りませんでした。当時は水の中で目を開けるということが必須だったということもあります。高校は人が泳ぐプールが無い学校でした。大学の専門では水産学を選んだので、海で泳ぐ為に練習を始め、まあ、簡単には溺れない程度でした。習慣的な運動としては、山に登ったり、走ったりしていました。自転車のクラブチームにも入っていました。
 40代はじめにスケボーで転んでケガをして、1か月ほど寝ていたら腰痛になり、医者に相談したら腹筋や背筋を鍛えないとダメと言われ、ジョギングを再開しました。数年は週に1度くらいのジョギングを続けましたが、一旦弱った腰や膝への負担が大きく、長期的にも継続できそうに思えなかったので、水泳を始めました。
 だから水泳を始めたのは、福島大学に赴任した後の2008年、2009年ごろからです。

Q 頻繁に泳いでいるんですか?
A 週一回は泳ぎます。夏の期間は、水泳部の顧問として練習を見ながら大学のプールで泳ぎます。先日、ウクライナとロシアへ出張に行った時も、合間を見てキエフ市内のプールや川で泳いでいました。
 水泳は教室等には通っていないという意味では自己流ですが、YouTubeを見たり、何冊もの本を読んだりして学んできました。水泳の流体力学的理解には、水の中の微生物の運動を研究した経験が役立っています(笑)。

Q 水泳の大会などには出場されたりするんですか?
A そういうのはちょっと。健康のために泳いでいるので、健康を害するほどまで追い込む機会はつくらないです。

Q 水泳を続けている理由のようなものはあるんですか?
A 続けられる理由としては、水泳理論を持っていて、それを考えながら泳いだり、その理論を実証したりするのが楽しいからでしょうか。
 例えば、クロールで腕のかきで推進力を発生させるときには反対の腕を伸ばした状態で水をかく。これは、レイノルズ数の大きな運動になり、慣性力で進む割合が大きくなる。効率は上がるはずです。だから、少しの力で長くゆっくり泳げるようになる。そういう理屈を考えています。また、足を蹴るときに鞭を打つように水を打つと、水が後ろに送られ、推進力が発生します。これは微生物のべん毛運動による前進と一緒です。 
 そういうことをイメージしながらYouTubeを見て、人が泳いでいる姿を観察しています。そういうのが面白いです。

Q ウクライナでされている研究についても教えていただけますか?
A ウクライナでは、SATREPSというプログラムに採択された大きいプロジェクトで、チェルノブイリ原発事故で汚染された地域で、ウクライナで行われて来た観測をさらに強化することにつなげることを視野に入れた調査研究をしています。私はプロジェクトの代表を務めていますが、全体の取りまとめのような仕事の他に、私自身がやっているのはクーリングポンドを中心とした水関係の調査です。
 チェルノブイリ原発は、クーリングポンド(CP)という長さ10km、幅2kmぐらいの大きな人工的な池を使って、原子炉の冷却水を得ていました。近隣のプリピヤチ川の水をポンプアップして池の水位を保っていました。CPの底には事故由来の燃料物質がたまっていることがわかっていたので、安全の為に2000年の全原子炉停止後もポンプアップは続けられました。それが、2014年にポンプが故障したことで停止され、その後は池の水位は下がり続けています。IAEA(※)がCPの調査をしましたが、ウクライナ政府にはCPのモニタリング強化が求められていたのです。
 そこで、プロジェクトでは、CPの監視体制の強化を支援しています。いま、この池(酒蓋池)で調査しているのと同じように魚を対象にした生態系の調査研究も含まれています。
 ※国際原子力機関。原子力の平和的利用を促進するとともに、原子力が平和的利用から軍事的利用に転用されることを防止することを目的とする。

Q ウクライナのオフでは何をなされているんですか?
A 泳ぎに行っていたりウクライナ人のご招待でキノコ採りに行ったりです。ウクライナの食べ物はおいしいです。日本人の舌にも合うと思います。値段があまり高くないけれどおいしいレストランもあります。キエフに関しては治安もよいです。

■ 白黒に魅せられる

Q 水泳のほかに趣味はありますか?
A (マイバックからおもむろに1台のカメラを出して見せてくれました)そういえば、このシリーズのカメラRollei 35 は30年ほど使っています。これはフィルムカメラで、いま白黒フィルムが入っています。型番の違う同じ機種のカメラを3台持っています。
 カメラは、中学の頃から好きです。白黒写真に惹かれはじめたのは、ここ3、4年前ぐらいからです。ただ、カメラが趣味といえるかどうかわからないですね。レンズをいっぱい持っているとか、そういう感じではないので…。
 今このカメラNikon F2は4年ほど使っています。もうデジタルカメラの時代は終わりだと思いますよ(笑)。




Q 写真のどういうところが好きなんですか?
A 白黒写真を撮るのは、難しさも楽しさもあります。いろんな要素があります。明るさだけで表現しなければならないところがいいです。写真というのは、その瞬間を平面に、時間的にも空間的にも切り出すわけじゃないですか、白黒の場合はそれがとくに極端なんです。それをすごく意識して写真を撮っています。それが楽しいです。
 いまは働くおじさんの写真を撮っています。いま自家版の写真集は作っていますから、いずれは公開の場に出展するかもしれません。(たのしみにしています)



難波先生の研究紹介はこちら https://gakujyutu.net.fukushima-u.ac.jp/015_seeds/seeds_158.html






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