「Respect for all children」福大ラボ訪問vol.19
保木井啓史(人間発達文化学類/幼児教育学)
保木井啓史(人間発達文化学類/幼児教育学)
公開日:2018.12.19
今回の福大ラボ訪問は、今年の4月に赴任されました人間発達文化学類の保木井啓史准教授
にお話を伺ってきました。先生のご専門は幼児教育。フリーダムに見える子供の行動は、よ
く観察すると実はちゃんと意味があって、そこには大人がどのように接すれば良いのかのヒ
ントも隠されています。保育士や幼稚園教諭を目指す人達へのアドバイスや、子供たちの興
味深い行動についての解説も満載です!****************************************
■奥深い!子供の行動
Q.先生の研究について教えてください。
A.専門は幼児教育です。研究内容は大きく分けて二つあります。
一点目が、保育者の専門性と言いまして、幼稚園や保育所、認定こども園などで、保育者(先生)が発揮しているプロフェッショナル的な性質とはどのようなものかを具体的に明らかにしていく研究です。
これでに行った研究には、フリー保育者(担任ではなく、その日によって人手の要るクラスに入ったり、直接子供に関わらず全体的な仕事をする保育者)の専門性を明らかにしたものや、幼稚園や保育所でみられる朝の時間帯特有の保育者の専門性に関するものがあります。フリー保育者の専門性に関する研究では、担任保育者の意向を踏まえつつ、その中でいかに自分のやることを見つけて必要な行動を取っているかを、具体的な保育場面の分析を通して論じています。
二点目が、子供の行動の面白さを明らかにしていく研究です。例えば、幼稚園の集まり場面(朝の会や帰りの会でクラスの園児みんなが集まって先生の話を聞くような場面)で、一見ルールから外れたような行動をするけれども、ルールから外れたと言い切れないような上手いやり方を考える子供がいて、その行動の面白さの背後に、どういった戦略が隠れているかを明らかにする研究などをしています。
以上の研究では、保育者の専門性にしろ、子供の行動の面白さにしろ、質的研究の手法をとっています。具体的な保育場面での出来事の分析や、少数の保育者へのインタビューなどによって、事例の深さを追求するような手法を取っています。
集まり場面での子供の行動は面白くて、おもに5歳児なんですが「よく考えるなぁ」と思うんですよ。例えば、先生(保育者)が「みんなちょっと前に来て」と言って、子供たちを自分の近くに来させるときがありますよね。集まりの場面では、子供たちは通常ちゃんと座っていないと叱られるけど、先生が指示したときだけは動いても良いんです。以前に観察した事例で、先生が指示すると、ある子供がカエル跳びみたいな跳び方で前に来たんですね。そしたら都合よく前の子供と後ろの子供がぶつかって、相手が「痛っ」と言って振り向いて、跳んだ子は「ごめんね」と謝る場面がありました。これが全く自然で、咎めようがない行動なんです。そして、子供が振り向いたことで、おしゃべりができる体系にそのまま移行していくんです。この事例でのカエル跳び行動の面白さは、先生の「前に来て」という指示の機会を利用して、必ずしもルールを逸脱しているとは言い切れない仕方で、子供同士のおしゃべりのきっかけを自然に作った点にあります。
Q. 保育施設の中で先生が観察と分 析をされているのですか?
A.はい。保育施設に入ってクラス 全員が集まる場所にビデオカメラ を置いて記録します。私自身は筆 記で記録をしています。さりげな くルールを逸脱する子供の行動っ て、発端がとてもわかりにくいん です。先ほどの話でカエル跳びし た子供が前の子供にぶつかって謝る場面では、それをきっかけにおしゃべりがいつのまにか 始まっているんですけど、その始まりは目視だけでは見逃してしまいます。ビデオを何度も 見直しているとそういうことにやっと気がついたりします。この研究ではビデオカメラは必 須ですね。
Q.とても面白いお話ですね。先生のご研究はどのような方向に向かうのでしょうか。
A.保育者から見ると困った行動ではあるけども、子供自身は無意味にやっているわけではな くて、その変な行動によって実現できていることがあるというのがわかります。それによっ て、保育者にとって望ましくない行動でも、頭ごなしに子供を叱ることができなくなる。こ れは保育者が子供をリスペクトする根拠になるんですね。つまり、おしゃべりをやめさせる にしても単に禁止するのではなくて、お願いするとか交渉するといった色んなアプローチを 保育者がとることが重要だということなんです。そのようなことが研究から明らかになれば いいかなと思っています。 この研究を学会で発表したさい、研究者の方は研究の着地点がわかりづらいとおっしゃい ますが(笑)、保育者の方には面白く見てもらえています。「自分のクラスを見ているよう で胃が痛くなる」とか(笑)。
Q.いまの研究は大学時代から行っているんですか?
A.修士課程の頃からです。修士論文では協同的な活動というテーマを選びました。当初は保 育者の技術を明らかにする研究か、子供の行動を明らかにする研究か、ややぶれていまし た。しかし、しだいに子供同士の人間関係の点で保育の流れを見たら面白いかなと私なりに 思って、そこで子供の行動の面白さの研究テーマが芽生えてきました。それとは別の小さな プロジェクトで保育者の専門性についても研究していましたので、そういうきっかけもあり 二つの方向性で研究をするようになりました。
先ほど紹介した集まり場面の研究は、社会学者のアーヴィング・ゴッフマンとウィリア ム・コルサロの理論の中の、第二次的調整(Secondary Adjustments)という概念を援用す る形で注目される子供の行動をピックアップしています。
大雑把に言うと第二次的調整は、「ルールを完全には逸脱していないけど何らかの意味で 逸脱するような手立て」ということなんですが、幼稚園や保育所の朝の会や帰りの会は、子 供たちに座ること・話を聞くことといったルールが一番求められる場面です。だから、その ような場を分析対象にしているわけです。
突飛な行動に見えても、よく調べてみると、子供たちは、集まり場面の状況や先生の言う ことの流れを踏まえて行動しています。例えば、保育者が子供たちに絵本を読み聞かせした とき、「とら子先生」というトラのキャラクターが出てくる場面があったんですね。保育者 が「とら子先生がね」と言ったときに子供が「たらこ先生だって~」と隣の子供と笑うんで す。「たらこ先生」のおふざけは、「とら子先生」が出てきた時でないと成立しませんよ ね。これは、全然違う場面で全然違うダジャレを言うのとではだいぶ質が違います。そう いった意味で、突飛に見える行動でも、集まりの流れからまったく逸脱したものは意外とな いんです。
保育者は「このように意図して教育的関わりをしたので、子供たちはこのように成長し た」というような枠組みで物事を見がちです。それはもちろん子供を成長させるために必要 なんですが、ただ、そのような切り口だと、子供が保育者の意図から逸脱して行動すること のおもしろさが見えてこないんです。だから、研究を通じて保育者自身から見えづらい子供 の姿を描いていければと思いますし、そういうことを観察する面白さもあります。
■ 幼児教育の魅力とは
Q.幼児教育に進んだきっかけはなんですか?
A.大学を卒業して保育士を8年ほどやっていました。保育士を選んだ理由は月並みで恥ずか しいですが、子供がかわいいと思ったからです。保育の仕事の奥深さが多少なりともわかっ たのはだいぶ後になってからですね。そして、学部三年生のころからゆくゆくは研究者にな りたいなと思っていて、そのうち大学院に行こうと決めていました。修士課程に入る際に保 育士はすっぱり辞めました。でも保育士を辞めるときは多少葛藤がありましたね。学校の先 生だったら在職のまま大学院に行けますが、保育士にはそういう制度がないので…。
Q.男性保育士として苦労したことはありますか?
A.幸いそんなに苦労はなかったです。勤務した保育園の保護者が「保育士にも男性がいたほ うが良いよね」という人たちが多かったので。ただ、0歳児クラスを担任したときに保護者 から母乳バック(搾乳した母乳を凍らせたもの)を預かってそれを解凍して飲ませる必要が あったんですが、はじめはそれに抵抗があったという方もいらっしゃいました。でも、まと もな保育をしていることがわかれば「男性保育士」ではなく「保木井」として見てもらえる ので、男性だから嫌だというマイナスの意見はありませんでしたね。
Q.今後やりたい研究はありますか?
A.中堅保育者の専門性を明らかにすることです。保育の質や保育のマネジメントという研究 領域では園長先生の専門性がだんだん明らかになってきています。また、新米保育者が一通 りの仕事ができるようになる過程も明らかになってきています。しかし、中堅どころの保育 者がどのようなことを経験しながら専門性を高めていくのかは、まだよくわかっていないん です。だから、今後はそのようなことを具体的に明らかにしてゆきたいと思っています。イ ンタビューなどのデータ収集を、今後、始動していく予定です。
Q.幼児教育に関心のある学生にア ドバイスをいただけますか?
A.子供たち、特に幼児と一緒に生 活していると面白い。これは大き な魅力です。面白いだけではな く、子供たちの発達や保育の勘所 がわかってくると、色々な細かい 場面や出来事から子供の成長が読 み取れるようになります。専門性 の高い保育者になるにつれて、子 供たちの成長を毎日沢山実感でき るようになり、やりがいを感じら れるようになると思います。そう するとますます子供たちとの関わりや一緒に生活することが楽しくなってきます。
■「電車には全然乗りません!」
Q.ご出身はどちらですか?
A.出身は埼玉です。大学は京都で、保育士は大阪でしていました。そして広島の大学院に行 き、福島に来ました。福島は食べ物がおいしいですね。真冬を経験するのが初めてなので心 配しております…。まだあちこち行ってないので色々なところへ行きたいです。温泉と、多 少ゲテモノが好きなのでUFOの里とか、看板だけ毎朝見ているので行ってみたいですね。
Q.ご趣味や休日の過ごし方はあり ますか?
A.これはアクの強い答えでも大丈 夫ですか?(大丈夫です!) 鉄道の駅を車で巡るのが好きな んです。ただし、駅なら何でも良 いというわけではなくて「田」が つく駅じゃないとだめなんです。 この近くでいえば「杉田」とか 「曽根田」とか「郡山富田」と か。たまたま東京の神田と五反田 を同じ日に行く機会があって、 「面白いから写真撮っておこう」 と思って、どうせだったらこのまま続けてみるかと思いました。駅の数がちょうど良いんで す。例えば「山」だったらもっとあちこちにあるので、恐らく難度が高すぎてやる気がなく なったと思います。その駅に行って駅名が書かれた看板の写真を撮ればノルマ達成です。
福島県はすごく「田」がつく駅名が多いんですよ。広島県もぼちぼち多くて、愛知県と北 九州、東京都内に多いのは把握しているんですが数までは把握していないです。このためわ ざわざ遠出するというわけではなくて、とりあえず近所のところへ行ったり、学会のときに 近くの駅に行くといった感じです。
鉄道の駅をすべて巡る人は多くいると思うんです。珍しい車両が通るところを写真に撮る とか、そういう人たちは大勢いて上を見ればきりがないのでそうじゃないところで…。これ が目下の趣味です。
保木井先生のこれまでの研究業績はこちら →http://kojingyoseki.adb.fukushima-u.ac.jp/top/details/397
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保育士として実務経験も豊富な保 木井先生。子供たちのお話をする ときはきりっとした研究者の表情 とは一変、頬を緩ませて研究内容 をご説明してくださいました。 自分の幼稚園時代を振り返ると、 あの頃もカエル跳びをしていた子 がいたなぁと懐かしくなりまし た。保木井先生曰く、「授業でも 学生にこの話をするんですが、昔 の記憶が蘇ってくる学生が結構い るんです」とのこと。今も昔も変 わらない子供の行動があるというのは、なんだか不思議な感じがしますね。