「化学で復興は成し得る」福大ラボ訪問vol.20大橋弘範(共生システム理工学類/X線分光学、ガンマ線分光学)
公開日:2019.1.15 ※この記事は約5000字です。

福島の除染はほとんど行われていない!?放射性物質の行く末が世界的にも注目されている なか、現在の福島県はどういった状況に置かれているのでしょうか。化学と復興の深い関係 性について、共生システム理工学類の大橋弘範准教授にお話を伺いました。( 写真は京都 大学複合原子力科学研究所での1コマです)
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■福島特化型、地域性を重視

Q .foRプロジェクト〔※1〕に指定された先生の研究について教えてください。
A.僕の研究は、放射性セシウムの最終処分に関するものです。これに森林除染を進める仕掛けを入れています(後述)。放射性セシウムについては放射線量等を記載する新聞、テレビもありますが、現状ではあまり意識されなくなっていると思います。人によって捉え方も色々あって、「もはや福島復興に対して科学は必要ではない」という人もいます。
 僕は化学の研究者です。住民に直接訴えるとか、はたまた森を物理的に何とかするというのは苦手なんです。だけど僕は福島の森林を何とかしたいと思っています。だから放射性セシウムそのものに目を向けました。そもそも、なぜ木が汚染されると困るのか。それは、放射性セシウムは木の芯に向かって移動しているからなんです。木の表皮を剥がしただけではすべての放射性セシウムは取り除けない。
 林業の人たちも「売れない」と嘆いています。そういう人たちすべてを救い復興を進める手立てのひとつとして、木質バイオマスガス化発電を提案しています。本来、バイオマス発電は規模を大きくすればするほど発電効率が上がります。ところが本学で一緒に研究をしている小井土賢二先生の木質バイオマスガス化発電の研究は、規模はすごく小さいですが効率はすごく高いんです。
 ただ福島県の場合、廃棄された木材には放射性物資が付いているため木質バイオマスガス化発電に使用すると、その廃棄物を適切に処理しなければならない。他県ではそれは必要ない。だから事業化するにしても企業は福島に参入などしたくない。福島県にはせっかく良い 技術があるのに全然生かせず復興もなかなか進まないということになります。
 もう一つの問題は森林そのものの状態にあります。昔盛んだった林業は廃れてきています。だからヒョロ木が増えている。道路わきの森を見るとヒョロ木が多いことに気づかされます。ヒョロ木は根をあまり張らないので、大規模な雨が降ったときの地滑りの原因ともされています。
 法律の実効性に疑問を持つ人もいる中で、昨年(2018年)の5月に森林経営管理法という法律が成立しました。これは管理されていない森林を市町村が事業化できる規模にし、それを持ち主に返すというものです。ところが市町村の森林担当者は全国に数千人レベルととにかく人が足りないそうです。僕は市町村レベルで森林の処理をしようとしたとき、小規模な木質バイオマスガス化発電はとても有効ではないかと考えています。
 当然課題もあって、発電効率をいま以上に高める必要がある、そのために小井土先生は頑張っていらっしゃいます。私たちのチームは効率を上げるためのもう一つのコンセプトを考えています。木質バイオマスガス化発電では燃えカス(灰)が出ますよね。燃えカスは量が増えると困るので普通は添加物を入れません。ところが、添加物を少し入れると発電効率が上がることがわかってきた。そこで僕は「セシウム入れたら?」って。

Q.セシウムを入れてしまうんですか!?
A. 安定同位体のセシウム-133 を加えたら、だいぶ高効率化しているんです。

Q.そもそもセシウムが入っているから良くなかったんですよね?
A.そうです。「放射性セシウム」が入っているから良くないんです。通常、廃棄物は少なくしたいので、高効率化するためといえども添加物を加えるのは通常はご法度なんです。そ れは廃棄物を処理する人にとっては無駄ですよね。だから普通は加えない。ところが「安定同位体のセシウム」を加えることによって高効率化することがわかりはじめた。これは逆転の発想なので「無意味でしょ」と思うかもしれません。灰からセシウムを抽出してもそれが 濃縮され放射能が1㎏あたり8000ベクレル以上になり、国の管理になってしまいますから。  僕の研究は、放射性セシウムをポルサイトという鉱物にしてそのまま最終処分してしまうというものです。(ここで天然のポルサイトを見せていただきました)



Q.水晶みたいで綺麗ですね。セシウムはどこに行ったのでしょうか。
A.中に入っています。セシウムはアルカリ金属なのでその塩は水に溶けてしまいます。例えば塩化ナトリウムは水に溶けますよね。塩化セシウムも炭酸セシウムも水にすぐ溶けます。ところがセシウムをポルサイトという鉱物にすると水には溶け出しません。
 鉱物は何千年何万年何億年前にできたものです。その間安定だったからこの姿でいるわけです。放射性セシウムもすべて鉱物化してしまえば、何十万年も安定なので、あとは保存するだけです。
灰に安定同位体のセシウムを加えてポルサイトにすることはできますし、灰ができる前(木質バイオマスガス化発電の際)にセシウムを加えれば発電効率が上がります。ならば最終処分を念頭に置いて木質バイオマスガス化発電をすれば高効率の設備ができます。この設備は福島県以外では廃棄物が多くなるため現実的ではありません。まさに福島特化型の、地域性を重視した研究と言えます。
 本学の食農学類(平成31年4月に開設)の金子信博先生が森林土壌の木質チップによる除染も行っています。微生物やカビが可溶性のセシウムを引き上げるので、それを木質バイオマスガス化発電に利用できます。セシウムをどんどん吸収した木質チップを使って発電するので、より多くの放射性セシウムを回収できます。
 森林経営管理法や林業復活施策に関する林野庁からの予算、環境省の放射性物質の予算、これらを活用した実証フィールドが増えていくはずです。一気に進めるのではなく、まずは試験フィールドを作り、そこで前向きな実証ができると、どんどん拡がっていくはずです。
そのスタートとなるのがfoRプロジェクトです。森林除染はIAEAの助言もあり、政府としはなかなか大々的には動けなくなっているのが現状です。そのため、除染という立場では森林はこれまでほとんど手が入っていません。しかし、処理の具体的なスキームができあがれば話は別です。このように、化学の力によって復興は成し得るというのが僕の主張です。

Q.先生は他にも研究されているんですか?
A.金触媒の研究もしています。金のナノ粒子は昔から使われていて、例えば昔のステンドグラスの色の一部は金粒子で着色していま す。(色とりどりの粉を見せてもらいました)これはすべて金の色です。金のナノ粒子を付けた金触媒です。
 金触媒は〔注2〕、一酸化炭素の二酸化炭素への低温酸化を非常に効率良く行ってくれま す。中国のガスマスクにはこの触媒が使われているそうです。このような反応の研究をずっ とやっていました。
 実は、木質バイオマスガス化発電は還元雰囲気下での処理になります。そのため、熱利 用の際、供給されるガスに一酸化炭素が入ってしまいます。だから暖房やビニールハウスな どに利用するにしても一酸化炭素が問題になります。しかし、この金触媒によって一酸化炭 素を二酸化炭素に変えることができれば、人体には無害にすることができます。普通の触媒 は、一酸化炭素を二酸化炭素に変えるために100℃以上の温度が必要になりますが、この金 触媒は氷点下70℃でも100%変えることが可能です。寒い地域でガスを供給するにはうって つけだと思っています。

■高校生と大学生の違い

Q.先生は県立福島高校のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に携わっておられます が、なにか感じることはありますか。
A.高校生のSSHは部活です。福島市内の福島成蹊高校や渡利中学校〔注3〕の科学部とも関 わっていますが、やはり部活だけあってコツコツやりますね。高校生では科学的なセンスは まだまだですが、それは大学に入ってから醸成されるものだと思います。
 僕のもうひとつの研究は、中高生向けのSSH科学部にふさわしい研究とはなにかを模索す ることです。foRプロジェクトでも高校生だからこそできる研究を彼らにやってもらってい ます。
 中高生の彼らも研究発表しなくてはいけないので、可能な限り自分のところでやった研究 を発表できるようにしなくてはいけない。部活と言うからには自分の所属するところで8割 方研究し、難しい2割くらいはほかの施設でデータを取って、が理想だと思います。大学生 以降になると別ですけどね。例えば、僕の研究室では8割方は最新の実験計測装置を使わな くてはいけないので、外部の施設に行って実験を行います。中学・高校はあくまでも部活な ので、部活である以上は学校の放課後にできるような体制にしないとダメだと思います。ち なみにポルサイトの研究は県立福島高校にも協力してもらっています。
 高校生と大学生に求めるものは、真理の追究という面では同じです。ただし、高校生はそ れまで勉強してきたことでしかできない部分はあると思います。高度なことは教えなくては いけませんが限界はあります。例えばカリキュラムにもよりますが、高校一年生ではモルや 指数をまだ教えていないのでわかるように言い直しをするなど工夫はしていますね。

■ゆっくり過ごします

Q.趣味やストレス解消法はありますか。
A.旅行です。年に一回は海外旅行に行っています。仕事で海外に行くこともありますが、 仕事に関係ない旅行です。旅行中は仕事のことは考えず、予定はほとんど入れません。旅行 に行くと予定を詰め込む人がいるじゃないですか。昔は僕もやっていたんですが、今はもう 一日に一個か二個の予定しか入れません。疲れたらホテルでゆっくり寝るようにしてます。  あと、僕は比較的何にでも興味を持つ方で、昔はサッカーを見に行ったり、プロレスを見 に行ったり、あるいは温泉巡ったり、水族館に行ったりしていました。最近は半分仕事を兼 ねて神社仏閣系を見に行きます。

Q.神社仏閣系が仕事とどのような関係があるんですか?
A.大学では『理科教育法』という授業をずっとやっていますが、最近、教科間の「横のつ ながり」が重要と言われています。僕の『理科教育法』の授業は地理や日本史と世界史、古 文の知識が必須で、この四つをわかっていることが前提です。例えば平安時代の建物のつく りは簡素で寒そうなのにどうしてその時代の人々は生活できたのか。理科の視点で見ると、 平安時代は気象変動で温暖な時期に来ていたことがわかります。
 飢饉の原因は寒冷期であるとか、アイスランドでワインが見つかったとかゲルマン人の大 移動とか、温暖化の話ひとつを取ってみても、気候変動があることによって社会の話が見え てきます。
 神社仏閣はそういうものの塊みたいなもので、例えば、そこで見られる朱塗りもその朱が 昔どこから持ってこられて、それがどのように作られたとか、地理、古文、鉱物学そして化 学の知識がないとわかりません。純粋に観覧しようと思っても、いつの間にか仕事に結びつ けて考えてしまいます。

大橋先生のこれまでの研究業績はこちら →https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/1/0000072/profile.html

〔※1〕福島大学では、「『21世紀的課題』が加速された福島での課題」の解決に結びつく研究を重点研究分野と して指定し、研究費を重点配分する「foRプロジェクト」を実施しています。

〔※2〕金触媒に関しては、首都大学東京でベンチャー企業「HARUTA GOLD」が立ち上がっています。数ある大学 ベンチャー企業の中で決して多くない「成功例」のひとつとして挙げられることも多いです。

〔※3〕科学教育振興助成事業の取り組みとして「日経サイエンス」に掲載されました。
→https://www.nakatani-foundation.jp/wpcontent/uploads/133869ff624df12bc8e556c3de2201cf.pdf
動画も併せてご覧ください。
→https://www.youtube.com/watch?v=GfOFXEpc1WU
また、2018年12月16日に行われた中高生の科学系部活の祭典「サイエンスキャッスル」東北大会において、第1位である最優秀賞を受賞するなど多くの受賞歴があります。

************************************************************ 「この前は韓国と北朝鮮の軍事境界線を見に行きました」と大橋先生。アジア各地を旅行 するなど物事に対する情熱は趣味でも健在。前向きな姿勢を崩すことのない先生のお話から は、福島の明るい未来が垣間見えました。