「DNA解析からみえてくるもの」vol.23 兼子伸吾(共生システム理工学類/分子生態学、保全生態学)
公開日:2019.10.3
最近では、かなり詳細な事柄まで分かるようになったDNA検査。品種改良や犯罪捜査、歴史の解明など、社会の様々な事に役立っています。
私達がなんとなく知っているようでまだまだ知らない、奥深い生物達の生態を中心に、共生システム理工学類の兼子伸吾准教授の研究室でお話を伺ってきました。
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■ 生き物の個性的な振る舞い
Q 研究テーマと内容について教えてください。
A 研究テーマは色々あるのですが、専門としては野生生物のDNAを調べて、その生物がどういう生態を持って生きているか、或いは歴史的にどういう過程を辿ってきたかということを調べています。
ですので、手法としては、DNAの分析で共通している事が多いです。分析の対象は本当に色々あって、動植物や小さな昆虫、哺乳類だとウサギやイノシシ、鹿、あと今取り組んでいるのは“(花が)咲かない花”について、ですね。
Q “咲かない花”があるんですか?
A はい、全く花を咲かせない植物がいるんです。
「ヤツシロラン」という植物の仲間には光合成もしないし、花を咲かせることもしないという、もはや植物らしさを完全に失ってしまった植物がいます。これはいったいどういう生態で、今までどんな風に生きてきたのか、ということを調べています。
あとは、西日本の奄美地方に「アマミノクロウサギ」という、耳の短い黒っぽい毛が特徴のウサギが生息しています。そのウサギは南と北にグループがあって、分断化しているのですが、グループ同士の距離は1kmぐらいしか離れていないんです。それぞれ、どのような違いがあるか、ということを調べたら、思っていたよりもその分断の歴史が深く、数千年もの長い期間だったということが分かりました。1km程度の距離を数千年間、集団同士の交わり無く生きてきたんです。
最近になって人為的に生態系を変えられてしまった生物ならば、基本的にまた元に戻してあげれば良いと思います。しかし長い歳月を経て、滅多にない、貴重な生態が自然につくられていったということなら、一度生態系が崩れると簡単には元に戻りません。ですから、どういう保全や管理をしていけば良いか、という次の検討課題に繋げていきます。
Q 他の研究対象だと何がありますか?
A ナナフシという、木の枝のように擬態する昆虫がいます。この昆虫は羽根が無いので飛ばないのですが、はるか遠くに分化しているという事が知られています。歴史上、一度も陸続きになったことのない海洋島にも生息しているのですが、なぜそんなところにいるのか、不思議ですよね。
実は、ナナフシは鳥に捕食される昆虫で、ナナフシの卵は鳥の体内でも消化されずに残る時があります。そしてダメージを受けなかった卵を含んだ糞が、鳥によってあちこちに散布されているんじゃないか、といわれています。
実際、その事が正しいかどうかは、ナナフシを鳥に食べさせて、鳥の糞の中の卵が排泄された後に孵化する、というところまできちんと確認されています。ですが、そこから先は少し難しいんです。孵化した個体が分散した場所で本当に生き残っているかを検証しなければなりません。そこで広い範囲からサンプルを集めて、長距離の分散が起こっているかを遺伝的なデータから検証しようとしています。
Q どうして卵が消化されないのですか?
A ひとつ言えるのは卵が固いからです。消化されずにそのまま排泄されるということが最低限必要ですから。もちろん食べられることを想定して固くなっているわけではないのでしょうが、結果的に分散能力の獲得につながっているのではないかと考えています。
Q 他にDNA解析でビックリされたことなどはありますか?
A 沢山あります。例えば、孟宗竹(もうそうちく)という、大きめのタケノコがあります。今では日本全国に分布していますが、1種類のクローンしかなかったんです。全部がおんなじ個体。つまり、1つだったものを根っこから株分けして、人間が植樹していったんです。
タケノコは食べられますし、建築や製作の材としてもすぐ育ちます。有効な資源として、人が運んで広げた、という風に考えるのは自然ですね。
■ 研究対象への愛着
Q 沢山いる生物や植物の中から、どういった基準で対象を選んでいるのですか?
A 誰かから「こういう事をやりませんか?」と声をかけてもらって引き受けることがほとんどです。頼まれた中から面白いものを選んだりはしますが、最初から研究対象を自分で選ぶことはあんまり無いです。研究者の方って普通、自分が何かについて調べたいと思って対象を選ぶことが多いと思うので、あまりいないタイプだと思います。
だから、研究対象への愛着は薄いかもしれません。とはいっても楽しみながら色んな事をやるので楽しいんです。けれども、愛着は薄い(笑)
Q それはとても意外ですね。
A 僕はむしろ、色々な生き物のDNAの振る舞いの方に興味があります。
“咲かない花”やナナフシは生態そのものが変わっているので、DNAを調べていくと、やはり独特な遺伝構造のようなパターンが出てくるんです。そういうものを見つけるのはとても楽しいですね。
Q すごく苦労したことがあれば聞かせてください。
A 苦労したことについてはよく聞かれるのですが、実は、大変だなあ、というようなことをあまり感じないんですよね。「喉元過ぎれば・・」なのかも知れませんが、でもやっぱりそうなんです。
研究のプロセスや結果に仮説をたてても、仮説どおりにいかないことばかりなんですよね。
Q では、それはもう普通の事なのですね?
A 普通ですね。孟宗竹のクローンの話もそうですが、DNA解析をする前は、まさかクローンが1つだけ、なんて思わないですよね。でも解析結果を見ると、本当にそのとおりなわけです。だから最初はとても困惑するんです、「これはどういう事だ?」って。
ほとんどのケースで仮説どおりのものは出てこない、といってもいいかもしれません。解釈できないことがあって、でも落ち着いて、その結果毎に考えてみると「ああ、なるほど、こういう風な解釈だったらなりたつ、―こういう事柄が起きていたんだ。」と後々分かる事が多いです。もちろん、色々想定して進めていますし、どういう結果が出ても何かしら意味がある、という心持ちで実験は取り組んでいます。でも、生き物は僕達が思いもよらない特徴や生き様を本当にたくさんもっています。
■ 子育ても研究?!
Q 休日はどのように過ごされていますか?
A 今、2歳半の娘がいるのでよく子守をしています。娘の趣味はコロコロ変わりますが、基本的に楽しく遊ぶので、いろんな経験をさせてあげたいと思っています。先日、福島大学のオープンキャンパスにも来たのですが、展示されていた水生昆虫や標本を楽しくみていました。その後「いろんなむしがいるんだよ」が娘の口癖のようになっています。
Q かわいくてしょうがないですね。
A 娘は大人のやることをやりたがってしょうがないんです。僕の晩酌のお酌までしようとします(笑)自分でこぼさず注いだ方が本当は早いんですが。
でもそういう行動をみていると、動物(人間)の発達過程のようなことが分かるから面白いです。
Q 研究者としての観察眼ですか?
A それが正しいかは分からないけれど、赤ちゃんには特有の子供っぽい動きってありますよね。あれはコントロールが出来ていないからだと思うんです。例えば、両手が同時に動いちゃったり―。もっと複雑な動きが出来るようになると変わっていくんですよね。だからその辺のプロセスを見ていくのがすごく楽しいですね。
Q 座右の銘や大事にしている言葉などはありますか?
A 知り合いで『育てよう、素直に自然をみる心』という事を言った方がいて、わりと真義をついていると思い、気に入っています。作業の上では、何にもとらわれず、自分の出したデータを元に何かをみていくという事が、非常に大事だと思います。
例えば、予想を裏切る結果がでても、その結果が正しいのであれば、予想や仮説をすぐ修正します。そしてその結果に基づいた次の実験や解析をしなくてはなりません。だからどんな事でもデータを出す時はとても慎重に行います。検証をするために繰り返し繰り返し、色々な事を調べて、それで出たデータが間違っていない、という確証が持てるまで追求する、という事は大切にしたいと考えています。
兼子先生のこれまでの研究実績はこちら https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/1/0000035/profile.html
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伺った研究室は、理工ならではの実験器具満載なお部屋でした。DNA解析に使用する機器をキョロキョロ探していたら、シーケンサーという機器を見せていただきました。かなり高額で、保険代だけでも年間100万円以上という事実にビックリ仰天!
最後は、先生とゼミの皆さんの写真を撮らせていただき、和やかに取材が終了しました。