「まちと人を大切に育てるために」vol.30
村上早紀子(経済経営学類/地域づくり、都市計画、地域公共交通)
公開日:2020.11.20  
自分が高齢者になったら、運転免許証の返納がスムーズにできるか考えたことがありますか?地域に「使いたい」と思える公共交通機関がなければ渋ってしまうかもしれませんよね。今回は、そんな問題を解決するために地方都市における地域交通を育てるための研究をされている村上早紀子先生にお話を伺ってきました。
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■ 地域の移動を守り育てる

Q 研究分野と研究テーマについて教えてください。 
A研究分野は「地域経営」で簡単にいうとまちづくり・まち育てです。ゼミでは、地域課題を解決し、地域を育てていく上で必要となる地域組織の在り方など、まちづくり全般に関して学生と研究活動をしており、例えば地域ワークショップを企画運営し、地域課題の解決に向けて住民の皆さんと議論を展開しています。私個人としては「地域公共交通」をテーマに研究しています。特に、地方都市の中山間地域や過疎地域でみられるのですが、路線バスやタクシーなどの交通機関がなくなったような「交通空白地域」において、住民が組織を設立し、自分たちで輸送サービスを展開するといった取り組みを研究しています。 

Q 取り組みの内容について教えてください。
A NPO法人や協議会などを設立し、その組織で送迎サービスを展開する取り組みなどです。

Q 送迎というと、お年寄りの方を病院や買い物に連れて行くようなものですか?
A 手法は様々です。例えば、自宅から地域のお店や医療機関など地域の中だけを送迎するというサービスがあります。また、今ある交通機関に接続するという手法で、自宅から最寄りのバス停留所が数キロメートル以上も離れているような集落に居住する住民を、バス停留所まで送迎し、そこから先は既存の路線バスを利用してもらうという、バスの利用に繋げるために送迎サービスを行っているという取り組みもみられます。

Q やはり利用するのは高齢者が多いのですか? 
A 傾向としてはそうです。車を運転も所有もしていない高齢者がターゲットになっていますね。最近、高齢者の運転免許証返納のニュースが話題として取り上げられていますが、地方都市の場合、免許を返納した後の移動手段がなかなかないという地域も存在します。都市部ですと地下鉄、電車、バスなどが身近にあり利用しやすいのですが、地方都市で車を運転するライフスタイルに慣れている場合ですと、免許を返納したからすぐに公共交通を利用するかというと、そうではないと思います。利用したいと思える公共交通を育て、さらには利用をどのように創出するかがこれからの課題かなと思います。

Q たしかに高齢者は免許証返納を渋りますよね。自宅からすぐ乗っていけないし、田舎だとバスや電車のアクセスも悪いですし。
A 本人としては今までずっと運転してきた分、運転免許証がある種のステータスとなっているため、手放す事に抵抗感が強いのでしょう。最近色々な自治体で、運転免許証返納者に対する特典制度を検討する動きがみられますが、実際それがあったからといって、免許証を返納した後に利用できる公共交通がしっかり地域に準備されているかというと、それはまた別の話ですね。私は、交通の脆弱な環境の中でも自分で移動できるような仕組みを考えていく必要があるという気持ちで研究を進めています。

Q 福島市もそういう面では進んでいない気がします。 
A 私も福島県内の取り組みを見ていますが、芽が伸びていくのはこれからという気がしています。 私が学生時代から研究を続けている岩手県北上市口内地区の場合、従来、口内地区では、車を運転しない高齢住民の移動手段の欠如が大きな課題となっていました。そこで、地域住民の有志の方々でNPO法人を設立し、自家用車を活用した輸送サービス「自家用有償旅客運送」(通称「口内有償ボランティア輸送システム」)を始めました。例えば自宅から、最寄りのバスの停留所といっても数キロメートル以上離れている地点まで送迎して、そこから先は既存の路線バスに乗って市街地まで行ってもらうという仕組みになっています。

Q 帰りも来てくれるのですか?
A そうですね。市街地から路線バスで地域に帰ってきた後、自宅まで送ってもらうこととなります。さらに口内地区の取り組みで面白いのは、交通ネットワーク形成に留まらず地域拠点との複合展開をしているところです。撤退したJAの口内支店跡を利用して「店っこくちない」というお店を設立し経営しています。

Q いいですね。そこでちょっとした買い物もできますしね。
A はい。昔「買い物弱者」「買い物難民」という言葉が流行っていましたが、ある意味買い物支援にもなっていますし、住民の交流拠点にもなっています。

Q 昔は身近に小売店があったのですが、なくなっていますよね。
A 大きな商業施設が誘致される中で小売店が少なくなっているので、地域で買い物できるお店が少なくなったという問題もありますね。実は私自身、学生時代の卒業論文が「買い物弱者」だったのですが、それが「地域交通」の研究に進むきっかけになりました。口内地区の場合でいいますと、バス停留所から徒歩0分の位置に、買い物ができる場所を整備し複合的に展開していくことで、公共交通を育て、地域拠点を育て、さらには地域コミュニティを育てているといえます。

Q 北上のNPO法人について伺いたいのですが、運営はどうしているのでしょうか。行政からの支援を持続的にしてもらえるのかも問題になってくるのではないですか?
A それに関しては、行政の補助金に依存する怖さをNPO法人として自覚したことで、交通の取り組みだけではなく、地域づくりの様々な取り組みを展開してきました。例えば、高齢者の生活支援サービス事業や、子育て支援事業などを行っています。その中で一番の収益源となっているのが、「特産品開発販売事業」です。口内地域で採れる農産物の「ごしょいも」を加工して特産品として販売しています。ご存知ですか?

Q 初めて知りました。
A キクイモの一種です。栄養価は高いのですが、繁殖力が高いためにどんどん増えてきてしまって、地域では厄介者として扱われていました。それを逆手に捉えて特産品の開発販売事業として、「コロッケ」と「餃子」で販売したところ非常に売れ行きがよく、大きな収益源となっています。「ごしょいも」を特産品として活かす事によって、地域の交通を育て、それが地域を育てていくことに繋がっているんです。

Q そうなると若い人も参加しますよね。
A 実際、子育て世代のお母さん方も取り組みに参加しているという話をお聞きします。

Q そういった取り組みが広がっていくといいですよね。
A 最近は、人口減少や高齢化が進行する地域などにおいて、住民達が地域課題の解決のために、コミュニティビジネスのような取り組みを展開する事例も見られますので、その運営の在り方などについての研究もしています。

Q 一般企業もこういった取り組みに積極的に参加する形ができればいいですよね。
A 先ほどの北上市口内地区のNPO法人の場合、送迎サービスで利用する車両を車の販売会社が無料で貸与しているという話を聞きました。企業の社会貢献ですね。企業の宣伝にもなり、大きな社会的評価にも繋がりますよね。

■大切なのは、問題を「前向き」にとらえていく姿勢

Q 先生はなぜこの研究をしたいと思ったのでしょうか? 
A 学生時代に弘前大学の、師匠である北原啓司先生の研究室で、まち育ての研究をしていました。当時「買い物弱者」の研究を行った時に、お店に行きたくてもそこへ行くための「移動手段」がなく不便を感じている高齢者の存在が明らかになりました。そこで、店舗を新たに開設するというよりは、店舗までの移動手段をどのように構築していくか、といった問題意識を持つようになりました。特に車を運転しない方々ですとなおさら移動手段もない。バスに乗るにしても本数が少ないといった課題もあります。「買い物支援」の対策を考える上では宅配サービスとか移動販売という方法もありますが、移動の支援も必要ではないかと思い公共交通に関心を持ち研究をしていきたいなと思ったんです。

Q 研究の方法について教えていただけますか。
A 基本的に現地に行って実態調査をします。実際にそれを利用されている住民の方々にヒアリング調査をすることもあります。また、運営組織(NPO、協議会など)と運営支援者(行政)に対するヒアリング調査も行います。

Q 先生に調査研究を依頼するところは北上市以外にもありますか?
A お陰様で福島大学に着任してからは、いろいろとお話をいただいております。

Q それだけニーズがあるという事なのですね。
A そうですね。今、様々な自治体の交通会議や交通に関するお仕事に学識経験者という立場で参加させていただいてますが、高齢化が進む中で、交通全般に対する議論のみならず、中山間地域の今後の交通の在り方を考えていく必要性を強く感じます。

Q 高齢化ですか。東北は特に進んでいますよね。この研究をしていて難しい点はなんでしょうか。
A 運営の面でいいますと、利用者数の減少ですね。地域の人口自体が減少し高齢化が進む中で、利用者も高齢化が進行しています。さらに運営組織も高齢化が進んでいるので、どんどん小さくなっていく懸念もあります。人口が減り、交通の利用者も減っていくという中で、どのように持続可能性を見出していくかということをいつも考えています。私が大事だと考えているのは、人口が減少し高齢化が進むけれども、そういった課題を前向きに捉えて、それと向き合うような地域づくりを自治体と協働で考え、進めていく事だと思います。 あと自分の調査方法で難しい事もあります。実は私は一生ペーパードライバーで生きていくつもりですが、そうなると、移動手段に困る時も出てきます。西日本のある集落へ調査にいった時には、現地の約束の時間に合わせるために間に合うようなバスを調べるとかなり時間が合わない事があって。そういう意味では苦労しています。

Q でも移動手段がない気持ちはわかるのでは?
A そうですね。だからこそ、自分で車を運転しなくても生活できるという事を自分で証明したいなって思っていて、車は運転しないという決意でいます。私が学生時代を過ごした弘前市は非常にコンパクトなまちで、車を持たなくても生活できたというのが非常に大きかったですね。ちょっとした山間部にいくバスもあり充実していました。学生時代の生活が今に影響しているのかもしれませんね。だから世間的に車を持って当たり前みたいな常識を自分で打破したいです。

Q 便利な仕組みがあれば、車がなくても移動しやすくなりますよね。
A 今はわりと若い人でも車を持たないとか、モノを「シェア」する時代になっていると思います。それは私としてはいい動きだなと思っていて、必ずしもモノを持たなくても、貸し借りしたり、共有しながら使っていく。そういうスタイルでもいいと思うのですよ。だから北上市のよう住民の組織による送迎サービスとか、そういうのもシェアだと思うので、学生にも伝えていきたいと思います。

Q 福島大学の学生の印象はどうでしょうか。
A 素直で実直な学生が多いですね。うちのゼミ生に関して言いますと、様々な地域でフィールド調査や住民の方々と話したりするのですが、みんな熱心に貪欲に調査に挑む姿勢を見せてくれるので、私も初心忘るべからずで、これからも学生を育てていきたいと思っています。

Q 先生の研究を引き継ぐ若者が増えれば、まちも活性化していくような気がします。
A うちのゼミ生は、地域とかまちづくりに興味をもって来てくれた子たちばかりなので、私がアドバイスをしながら指導し育てるというだけではなくて、地域にも育てていただくという事を大切にしたいなと思っています。




■ 趣味も実益を兼ねて

Q ではお話を変えますが、先生の趣味を教えてください
A 強いていえば、日本酒を飲む事ですかね。

Q どんなのがお好きですか?
A 辛口ですね。美味しい日本酒をフルに飲むことができる福島に来ることができ、すごく嬉しいです。

Q 福島は美味しいお酒がたくさんありますからね。
A 他には韓国語の勉強があります。なぜ韓国語かと言えば、今、韓国の交通やまちづくりの研究もしていて、韓国語を話せるようになれば、調査にいった際より色々な事を聞いたりとかできるかなと思って。

Q 韓国でも日本と同じような問題ってあるのですか?
A あります。韓国の地方都市でも日本のように高齢化が進み、集落が分散しているような都市において交通空白地域が増加しているといった課題がみられるのですが、そうした都市で近年、新たな交通政策が進められていて、政府も政策に力を入れています。それで韓国に調査には行っていますね。

Q どこの国にでもありうる話なのですね。
A 韓国のまちづくりに関して特に私が注目しているのは「伝川(インチョン)市」です。インチョン市には日本が占領していた時代に日本人が住んでいた旧日本人家屋があります。日本が引き上げた後も住宅がずっと残っていて、それを解体してきた動きもありました。でも、インチョン市としては歴史的に辛いものだけれども、それを負の遺産(敵性資産)として保全していこうという動きがこの近年で起こっています。日本人が住んでいた住宅をギャラリーやカフェにリノベーションして利活用する取り組みを学生時代に調査研究をしたことがあって、そういう韓国のまちづくりにも魅力を持ちました。

Q 日本でもリノベーションは注目されていますよね。
A わりと高校生とか興味を持っていますね。以前、出前授業でお話させていただいた際、質問をいただいたこともありました。リノベーション手法は古いものと新しいものとの融合で面白いなと思います。

Q 少し前までは、古い物は壊して近代的なものにしていましたが変わりつつあるのですね。
A 私は学生には「保全」と「保存」の使い分けを注意するように伝えています。保存は博物館とか美術館の作品のようにそのままの状態を保つようにしてとっておく事ですよね。一方で保全は保って全うさせる。保存しながらも利活用をしていくというニュアンスがあります。保全というのが今後のまちづくりのキーワードにはなってくるかなと思いますね。

Q 韓国以外に注目されている国ってありますか?
A ヨーロッパやアメリカのポートランド、台湾ですね。ポートランドはコンパクトシティ政策に関して注目されている都市です。台湾は「社区営造」という台湾固有のコミュニティの取り組みが、各地域で展開されています。今はとにかく韓国に、渡航が出来るようになったらひたすら歩きに行きたいですね。初めて一人旅をしたのも韓国でしたが、韓屋(ハノク)と呼ばれる韓国の伝統家屋の街や、ディープな路地裏など、2,3時間以上ひたすら歩きました。街並みを見るのがとても好きなので、時間を忘れてじっくり過ごしに行けるようになればなと思います。


村上先生のこれまでの研究実績は
https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/3/0000252/profile.html

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編集後記

取材中、地域の取り組みを丁寧に説明してくださった村上先生。研究に対する熱意を感じました。「お仕事が楽しいんですね」の質問に、「そうですね」と笑顔で答えてくださいました。素敵なまちづくりの取り組みがいろんなところで広がっていくといいですね。 村上先生、お忙しいところありがとうございました。